「16富山県の神社」カテゴリーアーカイブ

富山新川 新治神社

新治神社

黒部市に鎮座する新治神社。御祭神は譽田別尊、建御名方命、少彦名命。三代実録記載の新治神の比定社。

新治神社

境内はとても広い。往古は少し北方にあったというが、今は海の中。

新治神社

境内に入ると左手に駐車場、右手に社務所と宮司宅が建つ。ちょうど出かける準備をしていた方に御朱印を尋ねると、授与しているが今は書く人が外出中ということだった。

新治神社

社号標は旧富山藩主の前田利男伯爵の揮毫。

新治神社

参道の途中に一の鳥居、玉垣の中に二の鳥居が建つ。

新治神社

拝殿に参る。

新治神社

拝殿右手に宝物殿。前の道や社叢の中はフンで白くなっている。

新治神社

というのも、入るときから「グァー」という鳴き声が響いていた。多くは冬に葉を落とす高い広葉樹の枝の間に巣を作るサギが、ここでは松しかないためか、松の木の上に巣作りをしていた。

新治神社

宝物殿の入口の左右には神馬が奉納されている。佐渡の文学士矢浪淑次郎氏からの奉納で、右に白馬、左に鹿毛馬。

新治神社

白馬の上にどこにあったものだろうか、猪の木像が置かれている。

新治神社

神社の左方、池に浮かぶ島がある。「月見嶋の清水」というとやまの名水で、地下水が自噴している場所という。

新治神社

ふと見上げるとこの付近には鷹(隼?)が数羽いて、サギなど神社に集まる鳥を狙っているようだ。神社でバードウォッチングも楽しそうだ。

新治神社
富山県黒部市生地716

越中滑川 加積神社

加積神社

滑川市に鎮座する加積神社。御祭神は素盞嗚命。三代実録記載の賀積神がこの辺りと言われる。

加積神社

社叢西の車道沿いに社号標が建つ。

加積神社

社前には小川(用水か)が流れているが、元の参道は南向きか?

加積神社

境内に「加積神社八百年祭記念」碑。昭和53年なので、1178年創祀ということになっているようだ。

加積神社

平成5年には社殿建立百周年を迎えている。

加積神社

拝殿はサッシで囲われている。

加積神社

中に入り拝殿に参る。

加積神社

幣殿・本殿は覆屋に覆われる。

加積神社

右手に倉。祭具や神輿が中に入っているのか。

加積神社

左手に境内社で「薬師堂」の扁額が掛かる。神仏習合時は薬師如来が祀られていたのだろうが、おそらく今は少名彦名命を祀る。

加積神社
富山県滑川市上小泉1362

越中砺波 級長戸辺神社

級長戸辺神社

南砺市に鎮座する級長戸辺神社。御祭神は級長戸辺命、天照皇大神、誉田別命、天児屋根命、罔象女神。

級長戸辺神社

境内入口に鳥居と社号標

級長戸辺神社

社号標には「風宮 不吹堂 級長戸辺神社(かぜのみや ふかんどう しなとべじんじゃ)」。読みが難しい。

級長戸辺神社

鳥居から社殿の参道沿いにはつつじやドウダンツツジ、紅葉などが植えられている。

級長戸辺神社

広くない境内だが、杉の大木も多い。

級長戸辺神社

拝殿に参る。

級長戸辺神社

拝殿の貫の間には十二支の彫刻が彫られている。

級長戸辺神社

本殿は立派だが、氏子がなく、崇敬者によって護持されているという。
本殿右方の宮司宅で御朱印をいただく。

級長戸辺神社
富山県南砺市是安5726

越中砺波 大森神社

大森神社

南砺市に鎮座する大森神社。御祭神は誉田別命。井波八幡宮の旧鎮座地とされ、延喜式礪波郡荊波神社の論社。

大森神社

神社の正面には通りから個人宅の横を通っていく。鳥居と右に社号標

大森神社

振り返ると個人宅の裏を参道が延び、のぼりポールが建っている。

大森神社

鳥居の左には不動明王を彫った石が置かれている。

大森神社

境内に入ると右に「谷公民館」と書かれた建物。注連縄が張られているので、参集殿としても使われているのだろう。

大森神社

拝殿に参る。

大森神社

拝殿、幣殿、本殿と建物はつながっているが、地震対策かパイプで支えている。左に建物があったが倉庫のようだ。

大森神社
富山県南砺市谷724

越中砺波 栴谷神社

栴谷神社

砺波市に鎮座する栴谷神社(せんたにじんじゃ)。御祭神は天照皇大神、誉田別尊、神功皇后 。

栴谷神社

境内は南向き。

栴谷神社

入口に鳥居と社号標。鳥居の前の石はのぼりポールを立てるものか。

栴谷神社

社号標の横に万葉歌碑が建っている。
「いもが家に いくりの杜の藤の花 今こむ春も 常かくし見む」
伊久里の杜の候補地になっている3箇所のひとつで、地名も井栗谷となっている。

栴谷神社

境内には本願寺五世綽如上人のお手植えと伝わる大杉が御神木になっている。鎮座地は栴檀山の一角らしく最近センダンが植えられたという。

栴谷神社

拝殿に参る。

栴谷神社

扁額は「神明宮 八幡宮」となっており、2社を合祀して現社名に改称した元の社名を書いている。

栴谷神社

本殿の覆い、前には風除けにサッシ戸が付けられている。

栴谷神社

開けて本殿に参る。
境内をくまなく探してみたが、肝心の藤が見つからない。境内の保存樹林は杉とウラジロガシであり、綽如杉の案内板にも「この神社の境内は、古くから藤の花の名称所としても親しまれている。」とあり、境内に藤があるような記載はない。、元は境内地がもっと広かったことも考えられ、周辺には藤があるのかもしれない。

栴谷神社
富山県砺波市井栗谷6585

越中富山 吉倉八幡宮

吉倉八幡宮

富山市に鎮座する吉倉八幡宮。御祭神は誉田別尊、息長定姫命、玉依比賣命、武内宿禰。延喜式婦負郡杉原神社の論社になっている三社の創建の地に建つ神社と言える。

吉倉八幡宮

社号標が田んぼの畦に建てられていて、どうやっても正面から撮れない。

吉倉八幡宮

玉垣に囲まれた境内に入ると鳥居と狛犬。拝殿前の狛犬は古そうだ。

吉倉八幡宮

拝殿に参る。

吉倉八幡宮

本殿

吉倉八幡宮

本殿の左に五輪塔に挟まれた石碑が建っているが、風化していて読めない。

吉倉八幡宮

「二十六神社奉賛会社務所」と書かれた社務所の建物。訪ねると御朱印はなかった(作ろうと議論したことはあるらしい)が、二十六神社とは本務社である当社の他、兼務社25社を合わせた総称といい、社務所に入ると正面に26社の写真が掲げられていた。

吉倉八幡宮
富山県富山市吉倉649

越中富山 神明社

神明社

富山市に鎮座する神明社。御祭神は天照皇大神、豊受皇大神、倉稻魂神。三代実録記載の杉田神の論社。

神明社

境内入口に鳥居と「村社 神明社」と書かれた社号標

神明社

道路を挟んでのぼりポールが建っている。

神明社

拝殿に参る。

神明社

拝殿と本殿は石橋でつながっている。本殿が大岩の上に乗っているのは、平野の中にある神社としてはとても違和感を感じるが、故に威厳を感じる。

神明社
富山県富山市八尾町杉田字平岩2833

越中高岡 中川熊野神社

中川熊野神社

高岡市に鎮座する中川熊野神社。御祭神は伊弉冉命、事解男命、速玉男命、彦屋主田心命。延喜式射水郡加久彌神社の論社のひとつ。

中川熊野神社

社殿は東向き

中川熊野神社

社号標には「村社 熊野社」とある。

中川熊野神社

拝殿に参る。
拝殿は新しい。「熊野神社」の扁額が掛かる。

中川熊野神社

拝殿前に、下が高岡城の石垣石で、上が雨晴海岸の石という神社自慢の石燈籠。

中川熊野神社

拝殿後ろに本殿

中川熊野神社

本殿左に神輿殿、間に御神木の白樫

中川熊野神社

本殿右に御神木のウラジロガシ

中川熊野神社

鳥居の左には御神木の杉

中川熊野神社

参道右に御神木のイチョウ

中川熊野神社

拝殿左手に御神木のモミ。多種類の御神木が立つ。

中川熊野神社

本殿裏、西側に南向きに神明社の鳥居と社号標。しかし、社殿は見当たらない。

中川熊野神社

神明社の境内に御神木のウラジロガシ

中川熊野神社

社務所の前に御神木のイチョウ。稲荷社の御神木とある。

中川熊野神社

社務所前には2基の燈籠と鳥居と

中川熊野神社

手水鉢、そして井戸がある。

昼食時間だったが社務所で御朱印を尋ねると快く書いて頂けた。折角なので拝殿で祈願して行ってください、と言われたので拝殿に入らせて頂いた。聞いたところ、神社では火事で社殿を喪失し、5年ほど前に新築したという。拝殿が新しかった謎が解けた。
拝殿の天井には2匹の龍(昇り龍と下り龍)が描かれている。神明社と稲荷社も合祀され、拝殿中央に稲荷社、右に稲荷社、左に水の宮(神明社)が祀られている。

中川熊野神社
富山県高岡市中川本町7-3

越中氷見 御田神社

御田神社

氷見市に鎮座する御田神社。御祭神は誉田別命、御年大神、大年大神、伊邪那岐大神、伊邪那美大神、天児屋根命。入口の由緒には氏神は大年様とある。
三代実録に記載のある御田神(式外社)とされる。

御田神社

境内は南向き。

御田神社

参道入口に社号標、中程に鳥居が建つ。

御田神社

拝殿前の参道には雪除け。大屋根から落ちる雪で参道が埋まるのを防ぐ。

御田神社

拝殿に参る。拝殿には額が4枚。読めるものを見ると明治期に境内で奉納された神事相撲の大関の名前が書いてある。
しかし、現在の境内には土俵は見当たらない。入口の由緒によれば、中世飯久保城主が祈雨祈願のお礼として感謝祭を執行後に青年相撲を奉納し現在まで続く、とある。

御田神社

拝殿の後ろ渡り廊下のような幣殿の前に本殿がある。

御田神社

本殿は檜皮葺

御田神社

本殿前の扉や本殿の吊り燈籠には、小槌が3つ合わされた変わった紋が付いている。

御田神社

参道の右側に社務所があるが、窓ガラスは割れ、中も荒れ放題で使用できた状態ではない。

御田神社

境内は杉が多いが、中に一本大きなイチョウの木がある。

御田神社

参道の左隅、上がったところに境内社が一社。

御田神社

集落は仏生寺川を中心にした谷間に広がる。

御田神社
富山県氷見市仏生寺496

越中氷見 石武雄神社

石武雄神社

氷見市に鎮座する石武雄神社。御祭神は猿田彦大神。三代実録に記載のある石武雄神(式外社)の論社とされる。

石武雄神社

道路に面して西向きに参道。鳥居の北東の小山に社殿がある。

石武雄神社

入口に社号標と鳥居。階段の手前に二の鳥居が立つ。

石武雄神社

階段を上っていくと、社殿は南向き。拝殿の前に風雪除けのブルーシートが張ってある。

石武雄神社

拝殿に参る。「石武雄神」という扁額

石武雄神社

拝殿と幣殿とつながる本殿。本殿は見えそうで見えない。

石武雄神社

拝殿左前に朽ちているがかつては大木だったと思われる御神木

石武雄神社

境内から西方向。麓の集落と田が広がる。

石武雄神社
富山県氷見市堀田1370

越中氷見 手向神社

手向神社

氷見市に鎮座する手向神社。御祭神は猿田彦神、大物主神を主祭神とし、天照大神、建御名方神、少彦名神を配祀する。

手向神社

境内は社前の道路を正面にして南西向き。

手向神社

鳥居から拝殿までまっすぐ参道が延びる。

手向神社

現在の鳥居の前に礎石が残る。以前は四脚鳥居が建っていたようだ。

手向神社

拝殿に参る。

手向神社

「手向神社熊野宮」の扁額が掛かる。

手向神社

拝殿右前に一際高い老木が立つ。

手向神社

参道左に境内社が一社。

手向神社

境内左手に社務所がある。住んでいる様子はあるが留守だったので御朱印は確認できなかった。

[追加情報 2017/9/18]
今日社務所の方に会えた。御朱印は授与していなかった。

手向神社
富山県氷見市柳田2926

越中氷見 朝日丘八幡神社

朝日丘八幡神社

氷見市に鎮座する朝日丘八幡神社。御祭神は應神天皇を主祭神とし、神功皇后、比売神を配祀する。三代実録に記載の楯桙神の論社(式外社)。

朝日丘八幡神社

高規格道路の交差する北東角の小丘に鎮座する。干拓前の布勢湖の入口に位置し、かつての社地はもっと広かったのかもしれない。

朝日丘八幡神社

東向きの鳥居をくぐり、階段を西へ、そして北に折れる。

朝日丘八幡神社

上の平地になった境内は南向き。周囲を竹と椿に覆われているが明るく開けた空間だ。

朝日丘八幡神社

拝殿に参る。扁額には「八幡宮」と書かれている。

朝日丘八幡神社

拝殿の屋根を見ると剣のような飾り、鳩除けだろうか。両側には狛犬が乗っている。

朝日丘八幡神社

椿がちょうど見頃になっていた。

朝日丘八幡神社
富山県氷見市朝日丘15

越中氷見 一刎八幡宮

一刎八幡宮

氷見市に鎮座する一刎八幡宮。御祭神は応神天皇、玉依姫命。延喜式射水郡草岡神社の論社のひとつ。

一刎八幡宮

一刎集落の中央の高い場所に鎮座する。

一刎八幡宮

鳥居と社号標。上り階段の右側の木が伐採されたらしく木株が多数残る。

一刎八幡宮

拝殿前にも狛犬一組。拝殿に参る。

一刎八幡宮

拝殿を回り込むと裏の拝殿下に神輿車が納められていた。もう使用しないのだろうか。

一刎八幡宮

拝殿裏の一段高い場所に本殿。

一刎八幡宮

本殿前には狛犬ならぬ鯱瓦。昔は建物に上げられていたのだろうか。

一刎八幡宮
富山県氷見市一刎2619

越中富山 豊栄稲荷神社

豊栄稲荷神社

富山市の呉羽山に鎮座する豊栄稲荷神社。御祭神は宇迦乃魂神、佐太彦神、大宮乃売神。

豊栄稲荷神社

社殿は北向き。神社は富山藩第二代前田正甫公が創建した。

豊栄稲荷神社

拝殿の覆い屋の中に本殿を置く。

豊栄稲荷神社

中央が稲荷大神。右に摂社薬祖社、御祭神は少彦名神、前田正甫公、前田利保公、万代常閑翁、日比野小兵衛、松井屋源右エ門、八重崎屋源六、医薬・売薬の発展に貢献した御霊。左に摂社成就天満宮、御祭神は菅原道真公、前田家の祖先神。

豊栄稲荷神社

拝殿左に末社祖神社、御祭神は天照大御神と八百万の神々。

豊栄稲荷神社

拝殿右に末社呉羽社、御祭神は秦伊呂具公、呉羽女、綾服女。

豊栄稲荷神社

社務所はあるが常駐はしていない。富山市に来た時などに寄ることにして、今日で6、7回目の参拝になろうか。今日は縁あってたまたま祈祷の方がいて宮司がいらした。御朱印をお願いすると快く書いていただいた。

豊栄稲荷神社
富山県富山市茶屋町7511

越中芦峅寺 雄山神社中宮祈願殿③

雄山神社中宮祈願殿

立山町の雄山神社中宮祈願殿。岩峅寺集落の前立社壇とともに立山登拝の中継地点となった芦峅寺集落である。

雄山神社中宮祈願殿

御朱印は祈願殿の中でいただける。

雄山神社中宮祈願殿

祈願殿に掛かる扁額はいまでも「立山大権現」

雄山神社中宮祈願殿

御朱印をいただく間拝殿の中の絵馬を見る。かなり剥落しているが、神話の素戔嗚尊の八俣大蛇退治の一場面のようだ。

雄山神社中宮祈願殿

昨年オープンしたという山岳集古未来館に初めて入った。
江戸時代に加賀藩主から寄進されたという神輿や立山の登山史料・写真などが展示されている。

雄山神社中宮祈願殿

今日は暑いくらいの秋晴れだった。神社前の道路からはちょうど立山を拝めた。
昨日今年の初降雪があったらしい。

雄山神社中宮祈願殿

少し下流の芳見橋からは常願寺川の向こうに立山が見えた。左に白く薬師岳も少し覗いている。

雄山神社中宮祈願殿
富山県中新川郡立山町芦峅寺2

越中岩峅寺 雄山神社前立社壇③

雄山神社前立社壇

立山町の雄山神社前立社壇。中宮、立山山頂奥宮とともに越中一宮雄山神社の一社。

雄山神社前立社壇

朝早いと人が少ないので、境内の静寂に浸れます。

雄山神社前立社壇

まずは本殿に詣ってから御朱印をいただきます。

雄山神社前立社壇

拝殿は何かと用意が・・・

雄山神社前立社壇

御朱印を待っているときに社務所前で発見。手を清める用意かな

雄山神社前立社壇

としばらく待っていると結婚式が始まりました。

雄山神社前立社壇

行列は巫女を先頭に門をくぐり、拝殿へと向かっていきました。
朝から幸せをいただきました。

雄山神社前立社壇
富山県中新川郡立山町岩峅寺1

越中射水 下村加茂神社 秋季例大祭・稚児舞

新湊市に鎮座する下村加茂神社。春季例大祭に続いて秋季例大祭を見に来た。
参道の入口には旗が立てられている。今は青空だが急速に崩れる予報だった。

稚児の練り歩きを見ようとキョロキョロしていると、西の方に見学者を見つけて稚児の出発場所を見つける。
稚児は父親の肩の上に、稚児は神の使いとされるため不浄な地面には足を着かないように進む。
少し体重の重そうな子供を乗せた父親はとても辛そうだった。

拝殿の階段に陣取って待つこと数分、稚児が境内に入ってきた。

稚児は拝殿にようやく着地する。

稚児は神職の向かい側に着座し、氏子とともにお祓いを受ける。

鉾の舞

林歌

小奈曽利

賀古の舞

天の舞

胡蝶舞

先程から西の方角で雷が鳴っている。今日は中断する中入りまでにする。
稚児舞は9曲もあり見応えがあった。舞は繰り返し動作も多いが、軽快なステップで、時には優雅さもあり、続いてほしい伝統芸能であった。

下村加茂神社・稚児舞日程
本祭9月4日
12:35~ 稚児の村内練行
13:50~ 社参・修祓
14:15~ 鉾の舞
14:35~ 林歌
14:50~ 小奈曽利
15:05~ 賀古の舞
15:20~ 天の舞
15:35~ 胡蝶舞
16:00~ 中入り・例祭式

越中富山 越中稲荷神社

富山市に鎮座する越中稲荷神社。御祭神は倉稲魂大神、豊受大神。
三度目の参拝でようやく御朱印をいただくことができた。

神社は北向きに鎮座。社前の稲荷町通りは古い通りだそう。

あたりは昭和20年の富山大空襲で焼失しているので、建物も新しい。

第一鳥居から第二鳥居の間はきれいに石敷きされて清々しい。

拝殿に詣る。拝殿の後ろに本殿。稲荷神社らしい朱色の柱が目立つ。

境内にご神木の欅が1本。空襲に遭うまではこのあたりは欅や杉の大木で薄暗いほどだったらしい。
焼野原からこの欅が甦ったそうで、蘇りのパワースポットになっている。

第一鳥居と第二鳥居の間、右手の参集殿兼社務所でいただいた。

越中稲荷神社
富山県富山市稲荷町2丁目5−5

富山井波 井波八幡宮

井波八幡宮

南砺市井波の瑞泉寺に隣接して鎮座する井波八幡宮。御祭神は応神天皇、神功皇后、仲哀天皇のいわゆる八幡神。
旧瑞泉寺境内にあり、井波城跡でもある。

井波八幡宮

ゆるやかな階段を上り社殿に向かう。

井波八幡宮

鳥居をくぐり境内に入ると思いの外広い。

井波八幡宮

拝殿に詣る。

井波八幡宮

能楽の奉納額が数枚掛けられていて、戦前はさかんな時期もあったようだ。

井波八幡宮

境内社は一社。幕末に建てられた蚕堂ということで、江戸時代中期から明治にかけて盛んであった蚕種業者が、蚕神を祀り、蚕の霊を鎮めるために建てたものらしい。

井波八幡宮

社務所兼自宅は参道途中から入るが、かなり広い。宮司は綿貫という名字で、地元ではとても有名なのだが、それは政治家だった綿貫民輔氏の実家だからである。現在宮司のはずだが、直接会っていないので御朱印はどなたが書いてくれたのかはわからない。

井波八幡宮
富山県南砺市井波3053

越中一の宮 高瀬神社②

高瀬神社

南砺市に鎮座する高瀬神社。御祭神は大国主命、天活玉命と五十猛命を配祀している。

高瀬神社

南側に建てられた大鳥居をくぐる。

高瀬神社

神社に隣接して駐車場がある。

高瀬神社

境内は高木も多く、サギが巣を作っているようであった。

高瀬神社

因幡の白兎の逸話に因み、ウサギの作り物も多い。

高瀬神社

ナデウサギの銅像も立っている。

高瀬神社
富山県南砺市高瀬291

越中氷見 磯部神社・田子浦藤波神社 藤の花巡り

磯部神社

今日は天気も良かったので、氷見市の藤で有名な神社を巡ってきました。
まずは磯部神社。朝10時半、地元ナンバーの車が何台も続々とやってきます。

磯部神社

鳥居の向こうに、紫の藤の花が見えてきました。

磯部神社

この時間は東側がきれいに見えます。麓の人と比べるとその大きさがわかりますね。
他の観光客も大きさに驚いていました。

磯部神社

近くから見ると薄い紫の花です。今年は雪も少なく例年より速く咲いたようです。
氷見ではこちらのほうが今は有名なのかもしれませんね。

田子浦藤波神社

続いて、田子浦藤波神社へ。
先日も一度見に来ましたが、その時も鳥居に掛かっている部分は花が少なかったですが、老木で東向きで日当たりも悪いので、この場所にはほとんど咲かないようです。

田子浦藤波神社

上を見上げると、上の方では満開のようでした。白に少し紫が入る花が咲いていました。

田子浦藤波神社

田子浦藤波神社は、万葉集に詠まれた「田子の白藤」の地です。
もとは白藤だったようで、藤棚では若い白藤が満開でした。

田子浦藤波神社

こちらも例年より速く咲いたようですね。

磯部神社
富山県氷見市磯辺1045

田子浦藤波神社
富山県氷見市下田子1429

越中射水 下村加茂神社 春季例大祭・加茂祭

下村加茂神社 賀茂祭

強風の1日でしたが、晴れましたので射水市の下村加茂神社の加茂祭を見てきました。
富山県内で流鏑馬が行われる唯一の神社です。

1時間前に到着すると、すでに多くの人だかりでしたが、授与所前が日当たりが良く、まだ場所が空いていたのでそこに陣取りました。

下村加茂神社 賀茂祭

「走馬」
神馬の足慣らしといったところでしょうか。境内では走りません。どうやら鳥居を出てから県道を走るようです。

下村加茂神社 賀茂祭

かなり空き時間があり、ようやく猿田彦の先導で、獅子舞が拝殿に入り、

下村加茂神社 賀茂祭

馬が続く。

下村加茂神社 賀茂祭

「神幸式」
拝殿で神事が行われた後、御旅所に神様のやどった御幣の玉が渡御されます。

下村加茂神社 賀茂祭

「神馬式」
口取りが手に矢を持ち、巡路を駆ける。

下村加茂神社 賀茂祭

御旅所着御の後、「牛乗式」が始まる。
牛は止まると座り込むので、何度も乗り直して時間もかかる。

下村加茂神社 賀茂祭

「神楽の儀」
御旅所の前で獅子舞が奉納され、

下村加茂神社 賀茂祭

「還御」
神様は本殿に還っていく。

下村加茂神社 賀茂祭

拝殿では例祭式が執り行われるのでまた待つ。

「久遍式」
拝殿前で馬は止まった状態で弓矢を射る。

下村加茂神社 賀茂祭

「流鏑馬式」
クライマックスに3頭が3往復します。拝殿前から鳥居をくぐるとき(往路)に、鳥居横に移動した的に弓矢を射る。
弓矢は本物ではなく、祭礼用の竹に紙の羽が付いたものなので、的に刺さるということはありません。射る方も大変そうでした。

大変珍しい神事が続くので一見の価値はありますよ。

下村加茂神社 加茂祭 5月4日
走馬 14:00~
神幸式 15:00~
神馬式 15:20~
御旅所着御 15:30~
牛乗式 15:30~(※このあたりから30分遅れ)
御旅所神楽の儀(獅子舞奉納) 15:50~
還御 15:55~
例祭式 16:05~
久遍式 16:25~
流鏑馬式 16:50~

越中朝日 鹿嶋神社

朝日町に鎮座する鹿嶋神社。御祭神は健甕槌命。

前回の参拝ではご不在だった社務所に宮司がいらしたので、御朱印をいただきました。

何度見ても立派な彫刻です。

次回は本殿への参拝と宮崎城跡を攻城しましょう。

鹿嶋神社
富山県下新川郡朝日町宮崎1484

越中射水 二上射水神社春季例大祭 築山神事

二上射水神社春季例大祭 築山神事

高岡の延喜式内社、二上射水神社春季例大祭である築山神事を見てきました。
4月23日に開催され、今年は土曜日となりました。

二上射水神社春季例大祭 築山神事

神事は午後2時からでしたが、初めてだったので早めの12時過ぎに到着しました。
三本杉の前に舞台が組まれていました。

二上射水神社春季例大祭 築山神事

四天王の後ろ、天狗面の神様が最上段。
築山は県内では二上射水神社と放生津八幡宮の2社のみに残る祭礼です。

二上射水神社春季例大祭 築山神事

まだ閑散とした拝殿では

二上射水神社春季例大祭 築山神事

すでに供物が供えられていました。

160423i6二上射水神社春季例大祭 築山神事

時間があったので、来る途中に見た獅子舞を探して上二上公民館まで移動し、昼休みが終わって出発した行列について、再び二上射水神社まで

二上射水神社春季例大祭 築山神事

先頭は現代獅子、後ろに獅子舞が続きます。
上二上の獅子舞は最近は土日に行われるようなので、築山神事と同時に行われる機会は珍しくなったようです。

二上射水神社春季例大祭 築山神事

最初に拝殿前、木像男神座像社前、忠魂碑前と獅子舞が舞われる中で

二上射水神社春季例大祭 築山神事

築山神事のために舟形神輿が拝殿前に移動されます。
獅子舞にはいくつかの舞があり、どれも軽快な音と踊りで楽しげでした。

二上射水神社春季例大祭 築山神事

舟形神輿が移動され、拝殿で祭礼が始まった頃、木像男神座像の御開帳と

二上射水神社春季例大祭 築山神事

資料館の公開が神事終了の4時までの時間限定で始まりました。

二上射水神社春季例大祭 築山神事

さて、築山神事が始まります。
舟形神輿への神遷しの神事が行われ、現代獅子を先頭に行列が進みます。
獅子舞は町内へ戻っていきました。

二上射水神社春季例大祭 築山神事

舟形神輿は山車の原型とも言われており、神様を乗せて進みます。

二上射水神社春季例大祭 築山神事

舞台の前に舟形神輿が到着し、築山に神様を遷して神事が執り行われます。
現代獅子、巫女舞、祝詞などが行われ、

二上射水神社春季例大祭 築山神事

最後は神様を舟形神輿に遷して本殿に帰ります。
築山はあっという間に元に戻ります。神様を怒らせないように神事の間のつかの間の祭壇となります。

二上射水神社春季例大祭 築山神事

神事が終わった後の供物です。はべん(かまぼこ)の鯛が富山らしいです。

二上射水神社春季例大祭 築山神事

拝殿前で舟形神輿から本殿に神遷しの神事が行われ、神様は帰っていきました。
今日は見物客も多かったし、獅子舞も同日に行われ、とても興味深い祭礼でした。

越中氷見 田子浦藤波神社

田子浦藤波神社

氷見市の田子浦藤波神社。御祭神は天照大神。

田子浦藤波神社

「藤波の 影なす海の 底清み 沈く石も 珠とそわが見る」
越中国司として赴任した大伴家持が詠んだ、この付近の和歌が残っている。

田子浦藤波神社

また能の「藤」はこの神社を舞台としており、藤の精のモデルとなった藤がとてもきれいな神社でもある。
階段の脇から鳥居に乗りかかるように植わっている藤の木が一番古い。

田子浦藤波神社

5月中旬が見頃ということであるが、今日の状態はこのくらい。まだ早かった。

田子浦藤波神社

階段を登って拝殿に詣る。

田子浦藤波神社

本殿の裏には「大伴家持卿歌碑」が立っている。
今度は藤が満開の頃にもう一度来てみたい。

田子浦藤波神社
富山県氷見市下田子1429

越中氷見 朝日神社

朝日神社

氷見市の朝日神社。御祭神は天照大神。
夕日神社と二社で延喜式内社の射水郡加久彌神社の論社である。

朝日神社のある氷見小境浦には宗良親王(後醍醐天皇の皇子)の伝説が残っている。宗良親王が越後の寺泊から直接小境に着岸し、しばらく逗留したのち、奈呉の浦へ移ったという。親王の着岸の場所は朝日神社前の「黒岩」という岩礁のある場所で、「親王腰掛の石」があったという。現在は国道160号の拡幅工事により道路敷となり、昔の面影はない。

また、親王は朝日神社と夕日神社を伊勢の両宮に見立てて参拝されたという。この両社のあいだを伊勢領といい、朝日神社の境内には古来土足で入ることを禁じており、村人は正月元日には素足参りをする習慣があったそうだ。

朝日神社

鳥居は北向きだが

朝日神社

階段を上っていくと

朝日神社

拝殿・本殿は朝日を受けるように東向きに建っている。

朝日神社

拝殿と本殿は弊殿でつながる。

朝日神社

朝日神社は海沿いに鎮座するので、天気がよければ海越しに立山連峰を望める。

朝日神社
富山県氷見市小境1

越中氷見 夕日神社

夕日神社

氷見市の夕日神社。御祭神は豊受大神。
同市の朝日神社と二社で、延喜式内社の射水郡加久彌神社の論社である。

夕日神社

境内の参道は氷見市立灘浦中学校の校庭横を西に通る。

夕日神社

突き当たって右に階段を上って拝殿がある。

夕日神社

拝殿の後ろに本殿がある。

夕日神社

神社は道路を挟んですぐ小境海岸となる。
天気が良ければ、海越しの立山連峰が見える。

夕日神社

少し北の海岸からは虹が島越しの立山連峰が見える。氷見の絶景スポットのひとつ。

夕日神社
富山県氷見市小境1440

越中氷見 祇園宮日吉神社

祇園宮日吉神社

氷見市の祇園宮日吉神社です。御祭神は大山咋神。

旧氷見町は南十町の総社であった祇園宮日吉神社と、北六町の総社であった中央町の日宮神社で、7月13・14日に氷見祇園祭で神輿や太鼓台、曳山が巡行します。疫病退散のため始まった祭りと言われ、富山の曳山では珍しい7月に行われ、そういう意味では京都の祇園祭に近いですね。

祇園宮日吉神社

社殿は西向きで、海に向かうわけではなくどうしてこういう向きなんでしょうか。

祇園宮日吉神社

正面鳥居横の神社標は北前船の記念で建てられたものらしく、氷見も藩政期は北前船の寄港地として賑わっていたのでしょう。

祇園宮日吉神社

拝殿は境内から一段高くなっており、10町を氏子として抱えていることもあり、大きな拝殿です。

祇園宮日吉神社

拝殿とつながった自宅で御朱印をいただきました。前宮司は手が少し不自由になったということで、以前参拝したときは朱印のみいただいて代わりにお守りをいただいたのですが、今回は息子の現宮司にお会いできましたので、あらためて御朱印をいただきました。

祇園宮日吉神社
富山県氷見市南大町7−2