「都道府県別」カテゴリーアーカイブ

大和奈良 狭岡神社

狭岡神社

奈良市に鎮座する狭岡神社。御祭神は若山咋神、若年神、妹若沙那賣神、彌豆麻岐神、夏高津日神、秋毘賣神、久久年神、久久紀若室葛根神の八柱。延喜式添上郡狹岡神社八座の論社。

狭岡神社

境内は一条通りを北へ上る。狭い路地で駐車場がなかったので、道路が少し広がった場所に停車。

狭岡神社

一の鳥居の右に「延喜式内 狹岡神社」の社号標。

狭岡神社

すぐに朱色の二の鳥居。その先は階段になっている。

狭岡神社

階段の途中左手に狹穂(佐保)姫伝承の鏡池が復元されている。

狭岡神社

少し上がった左手には狹穂姫伝承地の石碑が建つ。

狭岡神社

さらに階段を上っていくと、右手に社務所が建つ。

狭岡神社

階段は最後に左に折れ、拝殿左から入る。
拝殿前に建物。絵馬殿でも神楽殿でもなさそうな休憩所のような建物。

狭岡神社

拝殿に参る。

狭岡神社

拝殿の左に御神木。

狭岡神社

拝殿の後ろ、瑞垣の中に三社が並んでいる。

狭岡神社

中央が狹岡神社の御本社。

狭岡神社

右に末社天満神社、御祭神は天照大神、伊那諾大神、八幡大神、住吉大神、春日大神、天満大神。

狭岡神社

左に末社金山神社、御祭神は事代主神、地主之神、金山彦神。

狭岡神社

階段が折れる辺りに末社天満神社に合祀された天満宮の社号標が残されている。

狭岡神社
奈良県奈良市法蓮町604

若狭三方 闇見神社②

闇見神社

若狭町に鎮座する闇見神社。御祭神は沙本之大闇見戸賣命を主祭神とし、菅原道眞公、天照大神を配祀する。

闇見神社

昨年に続き2回目の参拝。

闇見神社

この御神木は2回目でも圧倒される霊気が漂う。

闇見神社

境内はやけに清掃が行き届いていると思ったが、5日に例大祭(王の舞など)があったようだ。

闇見神社

本殿に参る。中央が「闇見神社」、右に「天満大神」、左に「天照皇大神」の扁額がかかる。

闇見神社

御祈祷所と書かれた建物の中に、お札や書き置きの御朱印がある。
前回は御朱印が切れていたのだが、今日はまだ残っていた。良かった。

闇見神社
福井県三方上中郡若狭町成願寺字御手洗水12-7

若狭三方 宇波西神社 宇波西まつり

宇波西神社

若狭町の宇波西神社。御祭神は鵜草葺不合尊。
今日は違う方角から向かったら、JR小浜線をまたいだところに社号標が建っていた。
「式内 明神大 月次新嘗 宇波西神社」

宇波西神社

鉄橋をくぐると参道がまっすぐに神社まで延びているが、今日は駐車場ないので停めても良さそうな場所を見つけて歩いていくことにした。

宇波西神社

神橋を渡ると神社が見えてくる。境内は神橋から少し下がっている。

宇波西神社

神社前の道路には路駐の列。片側半分ずつ占領して一車線道路のようになっているが、いつもこうなんだろう。

宇波西神社

太鼓の音も響き、祭りの盛り上がりを感じる。

宇波西神社

拝殿まで行くと、まだ巫女舞が終わっていなかったので見る。

宇波西神社

普段は閉まっている建物も開放され、氏子らが集っている。

宇波西神社

拝殿に至る階段左に子供神輿があった。桜と合わせていい景色だ。

宇波西神社

祭礼神事が終わり休憩に入って拝殿が空になった後で、本殿に参る。

宇波西神社

午後1時になると拝殿に上がる階段に、裃など正装した方々が並び、中央の人が何かを掲げた。

宇波西神社

王の舞はなかなか始まらなかった。氏子の代表が神橋まで迎えに出る。

宇波西神社

15分ほど過ぎてようやく出てきた。社務所前に陣取っていたが、ここには笛が並ぶので前を遮られてしまった。
初めて来たのでベストポジションが分からなかったが、ここはハズレだった。

宇波西神社

それでも間から王の舞を鑑賞した。

宇波西神社

鳥居の前を同じような動作を繰り返しながら何周か回る。
結局最後まで農耕儀礼に由来するという王の舞の所作がよくわからなかった。

宇波西神社

王の舞の間に、中に飛び出そうとする人と、それを一所懸命止める人のやり取りが何度かあった。
王の舞に全く集中できないこの出来事の由来は、かつて王の舞を止めた人がおり、その村はその年豊作になったということがあったそうで、担当しない地区は豊作を願って突入するのだと聞いた。

宇波西神社

王の舞に続き獅子舞

宇波西神社

田楽舞

宇波西神社

最後に子供神輿が境内を賑やかに回って祭礼は終了した。
王の舞の後は少し人が減ったのでゆっくり見れた。

宇波西まつり 4月8日
午前3時~ 各区参拝神事
午前10時30分 例祭神事・式典
午前11時 浦安の舞
午前12時30分頃~ 王の舞
午後1時頃~ 田楽舞・獅子舞・子供神輿

宇波西神社
福井県三方上中郡若狭町気山

加賀石川 吉野神社

吉野神社

旧吉野谷村に鎮座する吉野神社。御祭神は菊理姫命、大穴牟遅尊、素盞嗚命、天児屋根命。
明治41年に同村内に鎮座していた白山神社、大国主神社、素戔嗚神社、春日社を合祀したというのでそれぞれの御祭神が列記される。
延喜式石川郡味知神社の鎮座地を付近の「ミチゴ」と呼ばれた場所にある遺跡に比定し、合祀社のいずれかが味知神社の継承社でないかと言われる。白山麓の河内村、鳥越村、吉野谷村のあたりは味知郷と呼ばれた地域で、戦国時代には山内庄と呼ばれ加賀一向一揆の屈強地域であった。

吉野神社

参道入口に「吉野神社」の社号標が建つ。

吉野神社

3月7日に来た時はまだ雪に埋もれていて参拝できなかった。

吉野神社

神旗ポールの先は剣形になっている。

吉野神社

鳥居をくぐる。

吉野神社

拝殿の前にはケヤキの大木が立っている。

吉野神社

拝殿に参る。

吉野神社

拝殿と本殿は弊殿でつながる。
参拝後に「ミチゴ」の場所を探っていたのだが分からなかった。調査して再訪したい。

吉野神社
石川県白山市吉野ク223

大和奈良 宇奈多理坐高御魂神社

宇奈多理坐高御魂神社

奈良市に鎮座する宇奈多理坐高御魂神社。御祭神は高御魂尊(中座)、天太玉命(東座)、思兼命(西座)の三座。延喜式添上郡宇奈太理坐高御魂神社の論社。

宇奈多理坐高御魂神社

神社は平城京跡の中にあり、東院庭園の裏手の森に鎮まる。

宇奈多理坐高御魂神社

緩やかな階段を上り、鳥居をくぐる。

宇奈多理坐高御魂神社

森の中にあり、少し薄暗い境内で社殿は南向きに建つ。

宇奈多理坐高御魂神社

社殿は塀に囲まれており、入口に社号標が建つ。
入口の戸は閉まっていて中には入れなかったので前で参る。

宇奈多理坐高御魂神社

横からのぞくと参道を通って中央に本殿、両側に境内社が2社ずつ見える。
由緒には天鈿女命社、猿田彦命社、手力雄命社、大宮媛命社、豊岩窓命社の5社書かれているので、1社見えない所にあったのか、2社の合祀殿があるようだ。

宇奈多理坐高御魂神社
奈良県奈良市法華寺町600

大和奈良 率川神社

率川神社

奈良市に鎮座する率川神社。御祭神は姫蹈鞴五十鈴姫命、玉櫛姫命、狹井大神。延喜式添上郡率川坐大神御子神社の論社で、大神神社摂社。

率川神社

東向きに鳥居と社号標が建っている。
「官幣大社大神神社摂社 率川神社」と書かれている。

率川神社

鳥居をくぐると社殿は南向きに建つ。

率川神社

拝殿の後ろの本殿を塀が取り囲む。

率川神社

拝殿から参る。3つの本殿の間に松と竹の絵が見える。

率川神社

3つの本殿が並ぶ。中央が子神の姫蹈鞴五十鈴姫命、右に母神の玉櫛姫命、左の父神の狹井大神。

率川神社

境内の左奥に手水舎があり、そばに御神木が立つ。
手水舎は鳥居から見ると拝殿より遠い場所にあるが、奥に駐車場があるためか。

率川神社

拝殿の反対側には大神神社への遙拝所、隣に蛙石がある。

率川神社

本殿右には境内社が並ぶ。

率川神社

中央は摂社率川川神社、御祭神は事代主神。延喜式添上郡の論社。
右は春日社、御祭神は春日四神。
左は住吉社、御祭神は住吉三神と氣長帯比売命(神功皇后)。

率川神社

拝殿の右に社務所兼自宅が建ち、授与所で御朱印をいただいた。

率川神社
奈良県奈良市子守町18

大和奈良 漢國神社

漢國神社

奈良市に鎮座する漢國神社(かんごうじんじゃ)。御祭神は園神と称する大物主命と、韓神と称する大己貴命、少彦名命二座の三柱。
延喜式添上郡狹岡神社の論社だが、添上郡率川坐大神神御子神社、宮内省坐神園神社、韓神社二座の論社でもある。

漢國神社

参道入口に一の鳥居、右に「縣社 漢國神社」、左に「饅頭の祖神 林神社」の社号標が建つ。

漢國神社

境内は塀に囲まれ、境内の背後に開化天皇陵がある。

漢國神社

拝殿前に二の鳥居が建つ。

漢國神社

鳥居横の狛犬の後ろにひっそりと石造随神像が奉納されている。

漢國神社

境内入口の門をくぐってすぐ左に源九郎稲荷神社が建つ。
一時期財政難から春日大社の末社だった時もあり、境内社も朱色が多い。

漢國神社

右に授与所

漢國神社

舞楽殿

漢國神社

石舞台がある。

漢國神社

拝殿に参る。本殿は桃山時代末期の建立という。

漢國神社

本殿を囲む瑞垣には左右に雉の彫刻がされている。

漢國神社

拝殿左に詳細不明の境内社。神明社だろうか。

漢國神社

本殿左に八王子社

漢國神社

本殿右に葵神社

漢國神社

その隣に饅頭塚がある。

漢國神社

拝殿右に林神社(りんじんじゃ)。御祭神は日本で饅頭を初めて作ったという林浄因命を祀る。
左には饅頭屋宗二(御祭神の子孫)献木の紅梅が咲いていた。

漢國神社

燈籠も饅頭型になっている。4月中旬には饅頭祭も行われる。

漢國神社

林神社の左にも何か塚があった。
境内には珍しい白い雉を埋めたという白雉塚があるというのだが、どうやら見逃したらしい。場所は石舞台の右側だった。

漢國神社

参拝後に一の鳥居と境内の間に建つ社務所に寄って御朱印をいただいた。

[追記]
4月14日に奈良市に行った際に再拝した。
漢國神社

前回取り忘れた白雉塚

漢國神社

石舞台前の藤棚は七分咲きくらいだった。

漢國神社
奈良県奈良市韓国町6

大和奈良 氷室神社

氷室神社

奈良市に鎮座する氷室神社。御祭神は闘鶏稲置大山主命、大鷦鷯命(仁徳天皇)、額田大仲彦命。
旧地が春日山の月日磐と言われ、延喜式添上郡高橋神社の論社。明治以前は春日大社の別宮として営繕費や祭礼が賄われたという。

氷室神社

国立奈良博物館の前に鎮座し、境内は南向き。入口に朱色の鳥居と社号標が建つ。

氷室神社

境内に入ると左に住吉神社。御祭神は住吉三神と、祓戸四神で別名祓戸神社という。

氷室神社

拝殿は渡廊で四脚門とつながり、四脚門の両側に廻廊がや建物がつながる。
四脚門前は階段になっており、左に植えられたモクレンが満開になってきれいだった。

氷室神社

右には春を告げる樹齢約100年のエドヒガン桜。樹勢が衰えて最近はあまり咲かないらしい。

氷室神社

拝殿に参る。

氷室神社

拝殿の前には戦艦鎮遠の砲弾が奉納されている。

氷室神社

東御廊の授与所で御朱印をいただく。当宮は御朱印は神札と同等として、火打ち石で祈祷するので600円。書いてもらうにも時間かかります。
氷室神社ということもあり、氷みくじというおみくじがある。

氷室神社

渡廊に置かれた氷に乗せると文字が浮かび上がる。

氷室神社

拝殿と本殿

氷室神社

瑞垣の前に燈籠が吊されている。春日大社の春日燈籠に似ている。

氷室神社

本殿は瑞垣に囲まれてよく見えないが、内部が珍しい形式だとか。

氷室神社

本殿右に末社舞光社が建つ。御祭神は南都舞楽の祖である狛光高公で、社宝の舞楽面蘭陵王はここに祀られていた。

氷室神社

隣に御祭神の仁徳天皇の御製碑が建つ。

氷室神社
奈良県奈良市春日野町1−4

大和奈良 春日大社③

春日大社

奈良市に鎮座する春日大社。御祭神は武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比売神の四柱。
前回の参拝は第六十次式年造替の行われたちょうど2年前。もうそれほど経ったのかと思う。

春日大社

一の鳥居

春日大社

奈良公園では鹿が紅白の梅の下に集まっていた。

春日大社

二の鳥居

春日大社

前回は見逃した南門前の神石

春日大社

午前中は春分祭の神事で特別参拝は中止していた。
参った後、御朱印をいただく。今は御創建千二百五十年の記念印が押される。

春日大社

帰り道、手水の鹿と神鹿との奇跡のツーショットを撮れた。

春日大社

春日大社国宝殿に初めて入る。

春日大社

ちょうど「御創建千二百五十年記念展Ⅰ 伝説の名刀たち」が開催されていた。
思っていたより展示室は狭かった。

春日大社
奈良県奈良市春日野町160

近江大津 還来神社

還来神社

大津市に鎮座する還来神社(もどろきじんじゃ)。御祭神は藤原旅子霊。
現在は小椋神社の兼務社で、小椋神社で御朱印をいただいた。

還来神社

本殿にも書き置きの「還来大明神」の御朱印があった。
境内の由緒や授与品案内を見ると近年までは本務宮司がいたようだ、というより日付は今なので2家体制なのだろうか。

還来神社

神社の社前を通る477号線は湖西から京都の鞍馬方面へ抜ける道で、滋賀ナンバーと京都ナンバーが両方通り、山中にしては交通量が非常に多い。

還来神社

境内入口に赤い鳥居と社号標が建つ。

還来神社

鳥居をくぐるとまず目の前に御神木の梛(マキ科)の木が祀られている。
御祭神の藤原旅子霊は第50代桓武天皇の后で、第53代淳和天皇の生母になる。当地は龍華荘という藤原氏の荘園で、旅子は当地で生まれ、遺言に「我が出生の地、比良の南麓に梛の大樹有り、その下に葬る可し」として祀られたという。

還来神社

左に社務所が建つ。

還来神社

梛の御神木の先に拝殿、本殿が並ぶ。拝殿はまだ冬支度のままだった。

還来神社

本殿の左前に湯立竈

還来神社

本殿の前に二の鳥居が建つ。

還来神社

本殿に参る。

還来神社

本殿の左には新しい社殿の日吉神社。

還来神社

本殿の右に若宮神社(左)と下司神社

還来神社

境内社は以上3社のみのようだが、本殿の左方にまるでお堂のような社殿がもうひとつあった。

還来神社

本殿を囲む塀垣の右端に変わった燈籠?があり、左端にも同じようなものがあったが何だろうか。

還来神社
滋賀県大津市伊香立途中町518

近江大津 八所神社

八所神社

大津市に鎮座する八所神社。御祭神は大己貴神、菊理姫神を主祭神とし、菅原道真公を配祀する。
現在は小椋神社の兼務社で、小椋神社で御朱印をいただいた。

八所神社

南向きの境内入口で、夕方でもまだ明るかった。

八所神社

鳥居をくぐると右に社務所が建っている。

八所神社

社務所前に昨年の祭礼の様子が飾られている。それほど大きな集落には見えないのだが、流鏑馬も行われるようだ。

八所神社

神域全体が森に囲まれ、階段の先に社殿が見える。

八所神社

境内隅に御神木だった木だろうか。根元だけが祀られている。

八所神社

階段を上ると拝殿が建つ。

八所神社

拝殿の後ろの塀垣の中に本殿がある。

八所神社

拝殿左には境内社の稲荷神社

八所神社

本殿前の中門は開いていて、本殿が2つ並んで建つ。

八所神社

右の本殿、こちらにはおそらく大己貴神、菊理姫神が祀られているのだろう。
昨年の台風で倒木があり、屋根が破損したという。もしかしたら下に祀られていた木だろうか。

八所神社

右には八坂神社

八所神社

左の本殿は菅原道真公を祀るのだろうか。

八所神社

その左に多賀神社(右)と白髭神社が合わせ祀られている。

八所神社

さらに横向きに左から磐滝神社、八幡神社の2社、中央は松尾神社・平尾神社・日吉神社の合祀社、右に愛宕社・道陸社、神明神社を祀る。

八所神社
滋賀県大津市伊香立下在地町1316

近江大津 融神社

融神社

大津市に鎮座する融神社(とおるじんじゃ)。御祭神は源融公を主祭神とし、大原金子命、大山咋神の配祀する。
嵯峨天皇の皇子源融公を祀る全国唯一の社で、荘園だった地に鎮座する。源融公は源氏物語の光源氏のモデルとも言われ、源氏物語ツアーで訪れる方もいるようだ。
現在は小椋神社の兼務社で、小椋神社で御朱印をいただいた。

融神社

参道入口に社号標が建つ。

融神社

木々の間を抜ける参道を行くと、石造と木製の2つの鳥居が建っている。

融神社

鳥居をくぐって右手に歌碑が建つ。室町時代の勅使参向の折に読まれた和歌らしい。

融神社

左手に社務所が建つ。

融神社

開放的な拝殿の先に本殿

融神社

拝殿に架かる額を見ると、最近でも舞が奉納されているようだ。

融神社

本殿が2つ並ぶ。右が源融公を祀る本殿、左が源融公の母、大原金子命を祀る摂社ということのようだ。

融神社

摂社の左、石塔の後ろに建つのは若宮神社

融神社

その隣に5社並び、左から諏訪神社、多賀神社、春日神社、稚姫神社、松尾神社。

融神社

本殿の右に八幡社

融神社

稲荷神社

融神社

隣に出雲神社。社に狐の顔のような朽ちた木造が祀られている。

融神社

本殿の裏に神明神社(右)と愛宕神社(左)
境内で見た境内社は11社だが、他に大己貴神社がどこかにあったようだ。

融神社

周囲の石積みの上を見ると、石が数個立っている。小椋神社で見た石造瑞垣のようなので、かつてはこの社にもあったのかもしれない。

融神社

さらに見ると、石積みの下の段に等間隔に石が積まれている。境内社の不明社が5社あるようなので、もしかしたらその基壇の跡かもしれない。

融神社

境内には他に子育地蔵のお堂が建っていた。

融神社
滋賀県大津市伊香立南庄町牟禮の岡山1846

近江大津 小椋神社

小椋神社

大津市に鎮座する小椋神社。御祭神は闇淤加美神。延喜式滋賀郡の論社。

小椋神社

比叡山ドライブウェイの北入口への途中にある。鳥居横には参拝者用駐車場がある。
鳥居の横に「式内 小椋神社」の社号標が建つ。

小椋神社

参道はゆるやかに下る。

小椋神社

進むと天神川に架かる赤い欄干の神橋を渡る。

小椋神社

最初に建つのは祓戸神社

小椋神社

拝殿前に御神木の大杉が並び立つ。

小椋神社

拝殿と奥の本殿は参道と直角に曲がって建つ。

小椋神社

拝殿の右角に神輿蔵が建つ。

小椋神社

その隣に湯立竈の後ろに大宮神社(右)と若宮神社(左)
大宮神社の御祭神は伊邪那美神。小椋神社より1年早い天安二年に当地に最も早く鎮座する。
若宮神社の御祭神は稚日女神。

小椋神社

若宮神社の隣に初代一の鳥居の一部が残っている。

小椋神社

大宮神社と若宮神社の裏手に石が並んでいる。
最初は石仏かと思って表面を見ていたが何も掘られていない。これが石造瑞垣という鎌倉時代の玉垣だという。

小椋神社

間の御供所の裏に神竹苑があり五葉笹が植えられている。

小椋神社

本殿に参る。

小椋神社

中門から玉垣の中をのぞくと、中央に小椋神社本殿、右に春日神社、左に菅原神社が建つ。

小椋神社

やはりこの本殿玉垣の裏手にも石造瑞垣が残る。

小椋神社

本殿前に小椋神社の旧社号「田所神社」の石造扁額が残る。

小椋神社

本殿前の神饌所の隣には経塚があり、「心経一○」と書かれている。

小椋神社

ここで神橋まで戻り社務所で御朱印をいただく。

小椋神社

本社と兼務社の雄琴神社の御朱印についてはあらかじめ情報を得ていたが、来てみると兼務社があと3社あることがわかったのですべていただく。時間がかかるのでその間に残る境内社をめぐる。

小椋神社

本社の横に建つのは多賀神社と塚本神社

小椋神社

本社の裏には仰霊社が建つ。

小椋神社

反対側に神力稲荷神社が建つ。その前に神苑がある。

小椋神社

境内一番奥に新宮神社(右)と今宮神社(左)が建つ。
新宮神社の御祭神は少彦名神、今宮神社は大穴持神。

小椋神社

新宮神社の脇に子安神社

小椋神社

裏に瀧と瀧宮神社がある。

小椋神社

今宮神社の脇に天照大神と豊受大神を祀る神明神社がある。
境内社の多い神社だった。

小椋神社
滋賀県大津市仰木町4-38-55

近江大津 雄琴神社

雄琴神社

大津市に鎮座する雄琴神社。御祭神は大炊神今雄宿禰命。
御朱印は本務社の小椋神社でいただいた。

雄琴神社

琵琶湖の西岸、琵琶湖に向かって鳥居が建っている。上り坂の参道の入口に「郷社 雄琴神社」の社号標が建つ。

雄琴神社

坂を上っていくと鳥居が建っている。左に社務所が建つ。

雄琴神社

最後に階段を上った平坦地に社殿が建つ。

雄琴神社

開放的な拝殿

雄琴神社

その拝殿の後ろに御垣に囲まれた本殿がある。

雄琴神社

拝殿左の神饌所?に「御鎮座壱千五拾年記念大祭」の板が掛かる。昭和51年11月3日に行われたようだ。

雄琴神社

中門の前で本殿に参る。

雄琴神社

御垣の中には3殿建ち、中央に本殿が建つ。

雄琴神社

本殿左に三峯神社。御祭神は大己貴命。

雄琴神社

本殿右に樟本神社。御祭神は祟道尽敬天皇。

雄琴神社

御垣の右、井戸の横に稲荷神社。御祭神は倉稲魂命、市杵島姫命、水速女命。

雄琴神社

鳥居の右側に数社の境内社が建っている。
霊光社。御祭神は当宮に不動産の寄進をした八木氏の霊と日清・日露・太平洋戦争で戦没者された当町出身者のご英霊。

雄琴神社

階段を上ったときに左から野神社、地主神社、牛尾神社が祀られている。
野神社の御祭神は野椎神。境内の由緒には祭神不詳となっている。
地主神社の御祭神は大物主神。もと字出口に鎮座していたという。
牛尾神社の御祭神は大山咋命荒魂、菅原道真公。

雄琴神社
滋賀県大津市雄琴2-10-1

近江蒲生 大嶋奥津嶋神社②

大嶋奥津嶋神社

近江八幡市に鎮座する大嶋奥津嶋神社。御祭神は大國主命、奧津嶋比賣命。延喜式蒲生郡の大嶋神社、明神大社奥津嶋神社の2社の論社。

大嶋奥津嶋神社

今回は2度目の参拝となった。

大嶋奥津嶋神社

非常に天気の良い青空の広がる元で参る。
今日は何か行事があったようで、氏子の方が数人集まってきていた。忙しい中ではあったが、宮司宅で御朱印をいただいた。

大嶋奥津嶋神社
滋賀県近江八幡市北津田町529

近江蒲生 石部神社

石部神社

旧安土町に鎮座する石部神社。御祭神は少彦名神、天照大神、高皇産靈神、大己貴命、櫛日方命。延喜式蒲生郡の論社。

石部神社

安土城の百々橋口から登る。安土城が20年間に及ぶ発掘調査を行っていた頃まではこちらからも天守台まで登ることができたが、有料化されてからは神社から先は行き止まりとなっているので、訪れる人もまばらになった。

石部神社

天主への急な階段を少し登ると神社への入口がある。

石部神社

鳥居の横に「式内 石部神社」の社号標が建つ。

石部神社

手水舎の横には磐座

石部神社

鳥居の横には御神木がある。

石部神社

森に囲まれた中に南向きに社殿が建ち、開放的な拝殿が建つ。

石部神社

奥に本殿と右に境内社が一社。

石部神社

本殿に参る。
本殿にも「式内 石部神社」の扁額が掛かる。

石部神社

境内社の社名はわからない。横に石地蔵が祀られている。

石部神社
滋賀県近江八幡市安土町下豊浦6222

近江彦根 阿自岐神社行宮所

阿自岐神社行宮所

彦根市に鎮座する阿自岐神社。

阿自岐神社行宮所

集落内を流れる安食川のほとりに神社は鎮座する。

阿自岐神社行宮所

鳥居と社旗ポールが建つ入口に社号標や扁額はない。

阿自岐神社行宮所

鳥居の先に石碑が建つ。

阿自岐神社行宮所

「阿自岐神社行宮所」と書かれた石碑。
犬上郡式内社の阿自岐神社を訪ねたつもりだったが間違えたらしい。阿自岐神社はここから西の豊郷町に鎮座し、太堂町は氏子地区になる。
祭礼に御旅所として使用されることもあるのだろうか。

阿自岐神社行宮所

太堂町から少し北上したところから北東に山々が拝めた。
右に伊吹山、中央に遠く雪を頂くのは能郷白山だろうか。左奥にも雪を頂く山がひとつ見える。

阿自岐神社行宮所
滋賀県彦根市太堂町

近江彦根 河瀬神社

河瀬神社

彦根市に鎮座する河瀬神社。御祭神は大名牟遲神、品陀別神、大山咋神。延喜式神崎郡川桁神社の論社。

河瀬神社

社前南西方角に参道が延びる。

河瀬神社

鳥居の横に「郷社 河瀬神社」の社号標が建つ。

河瀬神社

境内の右側に社務所

河瀬神社

左側に倉が建つ。

河瀬神社

開放的な拝殿

河瀬神社

拝殿には戦後の馬の絵馬2枚と、この明治天皇の何かの場面を描いた絵馬が掛かる。

河瀬神社

本殿に参る。

河瀬神社

本殿の扉に鮮やかに獅子と狛犬が描かれている。

河瀬神社

拝殿左の建物は神楽殿かと思ったが神饌所のようだ。

河瀬神社

静寂の神社らしい神域。社前に宮司宅らしいお宅を見つけたがあいにく留守で御朱印は確認できなかった。

河瀬神社
滋賀県彦根市川瀬馬場町480-1

近江彦根 高宮神社

高宮神社

彦根市に鎮座する高宮神社。御祭神は天津日高日子番能邇邇芸命を主祭神とし、木花之佐久夜毘賣命を配祀する。

高宮神社

表参道は東向き

高宮神社

鳥居の横に「郷社 髙宮神社」の社号標が建つ。

高宮神社

長い参道を歩いて行くと、右手に春季例祭の写真が飾られている。太鼓神輿という変わった神輿がでるようだ。

高宮神社

参道途中に社務所もあり、帰りに御朱印をいただいた。

高宮神社

随神門

高宮神社

門には随神として左大臣、右大臣が阿吽として奉納されている。

高宮神社

随神門右前の笠砂苑と称する神苑の中に芭蕉の句碑が建っている。
「をりをりに伊吹を見てや冬籠りはせ越」
元は随神門左に建てられていたようだ。

高宮神社

随神門をくぐると広い境内が広がっている。

高宮神社

拝殿に参る。
拝殿の前に紅白の梅が植えられていて春めいた雰囲気

高宮神社

本殿は玉垣に囲まれている。

高宮神社

拝殿右に神輿庫

高宮神社

拝殿右に境内社が並んでいる。瑞穂神社と恵比須神社

高宮神社

右隣に垂加神社。御祭神は垂加神社の山崎闇斎命。

高宮神社

随神門を入ってすぐ左に雅喜苑と称する神苑

高宮神社

神苑の横に絵馬殿が建ち

高宮神社

1枚の絵馬が掛けられいる。

高宮神社

この絵馬殿に続くのが南参道

高宮神社

表参道の前を旧中山道が通っている。中山道では二番目に大きな宿場町だった。
参拝後に少し散策する。

高宮神社

高宮宿に多賀大社の一の鳥居が建っている。青蓮院門跡尊純法親王の書いた扁額が掲げられている。多賀大社までは3キロの道のり。

高宮神社

宿場を散策中、犬上川のほとりに高宮神社の御旅所を見つけた。
さいかち地蔵の横にある。

高宮神社
滋賀県彦根市高宮町1876

近江彦根 都惠神社

都惠神社

彦根市に鎮座する都惠神社。御祭神は大国主神。延喜式犬上郡都惠神社の論社。

都惠神社

境内は南向きで、鳥居と右に「式内 都惠神社」と書かれた標柱が建つ。

都惠神社

境内の右手に社務所が建つ。

都惠神社

拝殿に参る。
参っていると氏子さんが散歩に来た。式内社を巡っているのだと話すと、ここは多賀大社に関係が深い古社だが、拝殿の額(俳句額か)も見えなくなって寂れてしまって、と言われていた。

都惠神社

拝殿の後ろに本殿が建つ。

都惠神社

本殿は覆屋に入っている。

都惠神社

社殿には犬上川が流れ、高い堤防の上に道路が通っている。境内を見渡すと、かつてはもっと深い森に囲まれていたのだろう。

都惠神社
滋賀県彦根市竹ヶ鼻町256

近江彦根 彦根神社

彦根神社

彦根市に鎮座する彦根神社。御祭神は活津彦根命。延喜式坂田郡岡神社の論社。

彦根神社

西向きに一の鳥居が建つ。通りは住宅地の狭い路地。

彦根神社

境内は一の鳥居から少しずれているが、同じく西向きにある。

彦根神社

入口右に境内で一番大きいたぶん御神木が立つ。落雷だろうか何度か折れているようだが、元気に枝が延びている。

彦根神社

朝方だったので朝日がまぶしい。二の鳥居の先に拝殿が建つ。
手水舎は境内左(北)入口に建っている。

彦根神社

境内の左手に地域の自治会館。社務所を兼ねているのだろう。

彦根神社

鳥居をくぐると右手に神楽殿が建つ。梅が見頃を迎えようとしている。

彦根神社

拝殿に参る。

彦根神社

拝殿内には絵馬が多く掛かっている。

彦根神社

拝殿の後ろの玉垣の中に2つの本殿が並んで建っている。中門は真新しく、平成の改修事業で昨年新しくなったようだ。

彦根神社

左の本殿が御祭神が祀られている。

彦根神社

右の本殿が境内社の岡神社で御祭神は素盞嗚命。論社の根拠がこの境内社だろうか。
本殿が瓦葺なのに対し、境内社は銅板葺になっている。

彦根神社

本殿の右に寄付碑が建っているが、手前の1本だけは違うようだ。
「彦根神社常」と書かれた嘉永七年の石碑。元はもっと高い常夜灯だったようだ。火袋は構成の補遺か、色が違う。

彦根神社
滋賀県彦根市後三条町121

加賀金沢 神田神社

神田神社

金沢市に鎮座する神田神社。御祭神は武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比咩神。延喜式加賀郡神田神社の論社。

戦前は春日社と称し、小坂神社の別宮として知られていたという。当時から小坂神社の兼務社であり、小坂神社が神田神社の論社を主張した初めは当社だと考えられる。いつの頃からか小坂神社自らが論社と主張されるようになったようだ。

神田神社

西向きに社殿は鎮座する。昭和40年代の区画整理事業で周辺の環境は大きく変わっている。

神田神社

社殿前に狛犬

神田神社

拝殿に参る。

神田神社

本殿は幣殿で拝殿とつながっている。

神田神社
石川県金沢市神宮寺1丁目7-18

加賀鶴来 日御子神社

日御子神社

旧鶴来町に鎮座する日御子神社。御祭神は彦穂穂出見命。
もと火御子社と称する白山中宮の下七社の一社であった。

日御子神社

社前に忠魂碑が建っている。

日御子神社

斜め向かいには「蔵山郷土誌発刊記念碑」が立ち、蔵山村役場が建っていた集落の中心地であった。

日御子神社

鳥居と「郷社 日御子神社」と書かれた社号標が建つ。

日御子神社

参道の途中に一対の燈籠と一対の狛犬が奉納されている。

日御子神社

拝殿に参る。

日御子神社

拝殿の左側に社務所がつながっている。

日御子神社

本殿と拝殿は幣殿でつながる。

日御子神社

境内は「日御子の森」と呼ばれた場所で、今は大木は少ないが大きな切株が残っている。

日御子神社
石川県白山市日御子町ホ98

加賀能美 八幡神社

八幡神社

能美市に鎮座する八幡神社。御祭神は応神天皇、神功皇后、比咩大神、菊理媛尊。

古代の豪族和気公と江沼臣春日部の先祖が集落をつくり、各々の祖神と、白山比咩神、蟹淵の神、水無谷の風の神などを祀ったのが始まりという。天平勝宝元年(749)興福寺領となる。その後八幡神を勧請し、明治40年に七社を合祀する。

合祀した社のひとつに滓谷神社があり、能美郡滓上神社の論社になっている。

八幡神社

矛のついた旗ポールが建ち、それよりも高く境内の杉が並ぶ。
入口に鳥居と「村社 八幡神社」と書かれた社号標。奉納された燈籠は大きい。

八幡神社

一の鳥居の先に二の鳥居、その先に社殿が建つ。

八幡神社

二の鳥居が建つ右手に

八幡神社

手水舎と、「村社八幡神社」と書かれた村社指定時に奉納された先代の社号標が残っている。

八幡神社

階段の先に拝殿

八幡神社

サッシに覆われた拝殿には入ることができた。
拝殿に参る。

八幡神社

サッシ下の隙間から鳥が一羽迷い込んでいた。出してあげようと入口をしばらく開けていたが出る様子がない。

八幡神社

拝殿のまわりにはまだ雪が残り、一段高い場所に本殿が建つ。

八幡神社

社殿の左に藩政期に肝煎だった杉本庄兵衛翁碑が建っている。
山間地で水田の少なかった村の家々を日当たりの良い山の南斜面に移し、耕地とする場所を確保するという家立ちという大事業を15年かけて成し遂げたとして、鍋谷の祖霊として祀られた。

八幡神社

隣に境内社が1社。

八幡神社

社名が分からなかったが、境内由緒にある「安政四年家立神として肝煎庄兵衛の生祠を建立する」に該当する社だろうか。随神像の土人形が古びて、信仰の長さを感じる。

八幡神社

奥にばんぶち石(力石)が5個集められている。

八幡神社

何より珍しいのは、石に「八斗石」(120kg)「九斗石」(135kg)「一石いし」(150kg)「一石二斗石」(180kg)と4個に重量が書かれている。ひとつ書かれていないのは「一石一斗石」(165kg)で、ちょうど一斗ずつ重量が増している。

八幡神社
石川県能美市鍋谷町ツ72

越中氷見 伊勢玉神社②

伊勢玉神社

氷見市に鎮座する伊勢玉神社。今日は宮司が留守で御朱印はいただけなかった。

伊勢玉神社

今年は大雪で各地で被害が出ているが、境内の木も枝折れの被害が多かったようだ。

伊勢玉神社

拝殿に参る。

伊勢玉神社

今日は近くに用事があり参拝したが、目的は神社神報に記事がでていた宮司自らが描いたという絵馬。
愛らしい子犬?が描かれている。

伊勢玉神社
富山県氷見市伊勢大町1丁目9−23

加賀江沼 菅生石部神社 御願神事(竹割まつり)

菅生石部神社

加賀市に鎮座する菅生石部神社。御祭神は菅生石部神。
春を呼ぶという例大祭御願神事(ごんがんしんじ)が今日を行われました。

菅生石部神社

今週の大雪がまだ道路脇にうずたかく残る中、国道も片側2車線の1車線が埋まってノロノロ運転になり、30分前にようやく到着しました。

菅生石部神社

旧暦正月のこの日に祈願をすれば願いがかなうと言われ、境内には大勢の地元や観光者で賑わっています。
鳥居前に青竹が積まれている。

菅生石部神社

始まる前に社務所で御朱印をいただきました。

菅生石部神社

社務所横で御願まんじゅうとごんがん寿司が売られていました。縁起ものであるので御願まんじゅうを買ってきました。後でわかったことですが、まんじゅうは御願神事限定の販売で、祭りが終了するまでに売り切れるほどいつも人気なんだそうです。

菅生石部神社

神門から拝殿までの参道横で火が焚かれ、藁で編まれた櫓(アズマヤと呼ばれる)が組まれている。

菅生石部神社

11時に社務所前で祭典が始まり、宮司などが拝殿へ入っていく。
しばらく待っていると、神を迎える警蹕が拝殿外まで響いてくる。

菅生石部神社

鳥居前で竹を割る音が響き始め、竹を担いだ若衆が「ワッショイ」のかけ声で盛り上げる。
先頭の2人が拝殿に駆け込むと同時に、

菅生石部神社

アズマヤに火が付けられ、続く若衆が下をくぐって神門前や社務所前で竹を割り始める。

菅生石部神社

太い竹は2回、3回と投げないと割れないことも多いが、割れたカケラが周囲に散らばり、投げた竹が飛んでくることもあり(警備の警察官や保存会の方が一生懸命止めてくれる)本当に迫力がある。

菅生石部神社

用意された竹(約300本)をすべて割り終えると、拝殿から長縄の大蛇を引きずり出す。

菅生石部神社

神門から鳥居前へ、

菅生石部神社

また社務所側の参道から境内に戻り、拝殿へ。

菅生石部神社

3回拝殿へ戻った大蛇は、4回目敷地橋へ向かう。

菅生石部神社

橋の上から大蛇は大聖寺川に投げ込まれ退治される。

菅生石部神社

流れる大聖寺川の真っ白の河川敷に報道陣がスタンバイ
というのも、今日はBS12の「日本の祭り」の取材が入り、地元MROが密着していました。MROで3月21日に放送されるということで楽しみです。

菅生石部神社

今年は寒いこともあり、大聖寺川には飛び込まないという情報も噂される中、2名の若衆が川に飛び込みました。

菅生石部神社

大蛇が退治された後、割られた青竹を持ち帰る人々。
(1)天井裏に置くと雷避けになる
(2)玄関先に置くと魔除けになる
(3)箸にすれば身体健康、病気平癒、虫歯予防になる
といろいろ言い伝えがあるようですが、地元の方は何本も持って帰る人もいました。

菅生石部神社

帰宅して御願まんじゅうをいただきます。
竹の切り口に「御願」と書かれた印を押され、加賀特産丸芋、加賀の清酒と酒粕を使った風味豊かな味わい。
表皮の黒いシミは中のあんこをはみ出ているのではなく、無病息災を願って竹炭エキス(食用)で付けた跡です。

御願神事 2月10日
11:00 祭典(境内→拝殿)
11:15 竹割開始
11:45 長縄大蛇お練り
12:00 敷地橋から大聖寺川に長縄大蛇を投げ入れ
    祭典(拝殿)

菅生石部神社
石川県加賀市大聖寺敷地ル乙81

加賀金沢 尾山神社 節分祭

尾山神社

金沢市に鎮座する尾山神社。宇多須神社の節分祭のあと、尾山神社の節分祭に行ってきました。
拝殿内はすでに一杯だったので、拝殿外から見る。

尾山神社

祝詞奏上の後、巫女による舞

尾山神社

剣と槍を持った奉納舞だったが、何という舞だったのだろう。

尾山神社

本日豆まきに奉仕する石川ミリオンスターズの社長や監督や球団マスコット「タン坊」、そしてつば甚の代表者(協賛社?)が玉串奉奠

尾山神社

豆まきが始まると、一斉に立ち上がってしまったので中の様子が全く分からないように

尾山神社

赤鬼と青鬼も登場したのだが、鬼は豆を撒かないらしい。

尾山神社

今日の福豆です。こちらは市販の豆でした。
30分ほどであっさり祭事は終了しました。

尾山神社 節分祭 2月3日
16:00 祝詞奏上など神事
16:10 巫女舞
16:15 玉串奉奠
16:25 福豆まき

尾山神社
石川県金沢市尾山町11-1

加賀金沢 宇多須神社 節分祭

宇多須神社

金沢市に鎮座する宇多須神社。金沢の人気の観光地となっている東山茶屋街の奥にあり、当宮の節分祭は金沢で最も有名な節分祭と言える。
北陸新幹線が金沢まで開業してからは、遠方の観光客が多く詰めかけるようになったため、階段上に櫓を組んで豆まきをするようになった。

宇多須神社

拝殿前にはチラホラと人が集まりだしていた。
昨日まで雨予報だったが、今日になり午後は曇りになり、なんとか天気が持った。

宇多須神社

13時から神賑わい行事として、琴と三味線の演奏が始まった。

宇多須神社

続く神賑わいとして、加賀森田流の皆様による南京玉すだれが披露された。

宇多須神社

14時から節分祭(神事)が行われ、祝詞奏上や玉串奉奠が行われた。

宇多須神社

最後に神事としての豆まきが拝殿内で行われた。
「鬼は外 鬼は外 福は内」を3回

宇多須神社

その後、撒いた豆を総出で拾っていたのが大変そうだった。

宇多須神社

14時30分過ぎに東郭の芸妓さんによる篠笛の演奏

宇多須神社

続いて舞が披露された。最後に十数人の東郭の芸妓さん総出の舞が圧巻でした。
今日芸妓さんが着ていらした着物は正月1日から小正月15日までしか着れないものだとか。

宇多須神社

そして15時過ぎに福豆まきが始まりました。
今年は拝殿前から階段までを2組に分け、それぞれ2、3回豆まきをし、その後階段上の櫓から2、3回撒くということに変更されました。

宇多須神社

拝殿前の豆まきの後、櫓前に来るとすでに大勢待っていて、とても近づける様子ではなかったので芸妓さんが豆をまく様子をゆっくりと見学。

宇多須神社

今日の福豆です。最後に全く取れなかったという親子連れに1袋分けてきた。
100+αには袋に番号が入っており、景品がもらえるのですが残念なかった。

全く豆を取れなかったという人向けに授与所に限定50袋の福豆を有料で頒布しています。

宇多須神社

節分の今日から、授与所では「鬼門札」が頒布されていました。
当宮は金沢城の鬼門を守るために藩祖前田利家公を祀った社を前身としているという由来がある。
初めて見ましたが、1年毎に交換するのが正式なのであっという間になくなるようです。

宇多須神社 節分祭 2月3日
13:00 琴・三味線奉納演奏(拝殿)、ふるまい樽酒(境内入口)
13:40 南京玉すだれ奉納(拝殿)
14:00 節分祭神事(拝殿)
14:30 東郭芸妓さん篠笛奉納(拝殿)
14:40 東郭芸妓さん奉納踊り(拝殿)
15:00 福豆まき(拝殿、櫓上)

宇多須神社
石川県金沢市東山1丁目30−8

加賀金沢 尾山神社⑮

尾山神社

金沢市に鎮座する尾山神社に行ってきた。今年は初詣に行っていなかったので利家公にご挨拶。
1月は書き置きのみで御朱印帳に御朱印をいただいていなかったので、御朱印もいただいてきた。

尾山神社

今週は先週ほどの大雪にはならなかったが、低温が続き根雪が残っている。

尾山神社

拝殿前の狛犬も雪帽子を被っている。

尾山神社

拝殿に参る。

尾山神社

来年度(再来年度か?)は境内で工事が行われる。場所は裏参道を入った本殿横

尾山神社

ここに金沢城の玉泉院丸に渡る鼠多門橋が架かりスロープが設けられる。

尾山神社
石川県金沢市尾山町11-1

加賀金沢 金沢神社⑭

金沢神社

金沢市に鎮座する金沢神社。御祭神は菅原道真公、白蛇龍神。

金沢神社

1年ぶりの参拝ですが、今日は初天神(天神月次祭)の日です。今年一年の学業の精進を神様にお伝えに来ました。

金沢神社

金沢は今季最低気温を更新し零度近く、素肌だと痛いくらいです。放生池も少し凍っているように見える。

金沢神社

ここまで気温が下がると雪はさらさらなのだが、消雪装置の水も凍り、屋根のツララも長いですね。

金沢神社

寒さの影響もあって観光客も少ない。

金沢神社

雪景色の神社もいいですね。吹雪の間の晴れ間を狙ってきた。

金沢神社

拝殿に参ったあと、御朱印をいただいた。

金沢神社

今日参拝した目的は今年の絵馬をいただくことだった。昨年の酉年から始まった神社拝殿の天井に描かれている干支を絵馬として頒布している。戌(犬)なんだけど狼のようだな。

金沢神社
石川県金沢市兼六町1−3