
越前町に鎮座する金刀比羅山宮。御祭神は大物主大神を主祭神とし、白峯大神、猿田彦大神、大國主大神、事代主大神を配祀する。

前回の参拝では宮司さんが留守で御朱印をいただけなかった。
天候も悪いので足早に参拝することにした。

拝殿に参る。

天候が良ければ山頂から周囲の山々を見渡すこともできる。
金刀比羅山宮
福井県丹生郡越前町小曽原90-12

越前町に鎮座する金刀比羅山宮。御祭神は大物主大神を主祭神とし、白峯大神、猿田彦大神、大國主大神、事代主大神を配祀する。

前回の参拝では宮司さんが留守で御朱印をいただけなかった。
天候も悪いので足早に参拝することにした。

拝殿に参る。

天候が良ければ山頂から周囲の山々を見渡すこともできる。
金刀比羅山宮
福井県丹生郡越前町小曽原90-12

敦賀市に鎮座する金崎宮。御祭神は尊良親王、恒良親王。建武中興十五社の一社。

参道入口の社号標。入口に北陸三十三観音霊場や若狭観音霊場になっている金前寺が建つ。

階段の途中に境内社の愛宕神社が建つ。神社までの階段はさらに急になっている。

階段を上り鳥居をくぐると社務所

社務所前の神社周辺の案内図はしばらく来ていない間に新しくなったようだ。

拝殿前に鳥居が建つ。

本殿前の拝所に参る。

天気が良ければ絶好の風景が広がる。数分しか登らないが、敦賀市街を見渡せる良い場所だ。
金崎宮
福井県敦賀市金ヶ崎町1-4

敦賀市に鎮座する氣比神宮。御祭神は伊奢沙別命(氣比大神)、仲哀天皇、神功皇后、応神天皇、日本武尊、玉姫命、武内宿禰命の七柱。

表参道の大鳥居は修復中だった。年末には終了するようだ。
氣比神宮大鳥居美装化工事 平成28年11月7日~平成29年12月31日

社殿前の鳥居まで来た。雨が降りしきる中の早朝ということもあるのだろうか。
人影がまばらだった。

拝殿に参る。

大鳥居が修復中ということで、拝殿内に大鳥居の扁額が展示されていた。
鳥居に付いていると大きさに実感があまりないのだが、間近で見るとやはり大きい。

拝殿左に並ぶ境内社
氣比神宮
福井県敦賀市曙町11−68

福井市に鎮座する高雄神社。御祭神は高雄大権現と呼ばれる天忍穂耳命、伊弉冉尊、大己貴命の三柱。神名は異なるが仏として聖観音、十一面観音、阿弥陀の姿をしていて白山と同じ。高雄大権現は白山を開山した泰澄大師作と伝わる。

泰澄大師により開かれた高雄神社は白山と同じく今年1300年を迎えた。式年1300年祭行事として、33年毎に公開される高雄大権現に参拝に来た。

夏に越知山登拝などのとき、近くの道路を通って式年祭の看板を見てあまり時間を取れないところを参拝に向かった。

地区の公民館に駐車して徒歩で神社に向かう。社号標が左に建ち、参道がまっすぐ延びる。

少し進むと右に旧社号標が建っている。

神旗が高く掲げられ、地元の信仰の厚さを感じる。

鳥居の先、階段の上りながら正面に社殿が見える。提灯や紅白の垂れ幕が祭りを盛り上げる。

本日のイベント前ということもあり、まだ人はまばらだったのでゆっくり境内を巡る。

拝殿

今日は本殿にも入らせていただけるので、左手に回る。鳥居には「白山宮」と刻まれ、宵の宮に合祀された白山神社のものだろうか。

薬師堂。集落の薬師神社(薬師如来座像。大国主命)、向神社(釈迦如来立像。応神天皇)、春日神社(神主像。春日大神)を合祀する。これで分かる通り、高雄神社は神仏習合の名残のある神社になる。

鳥居左手には六地蔵灯籠

薬師堂の左の小祠は善光寺如来。奥の石像がそうだが、手前の仏像は阿弥陀如来のようだ。

本殿に入り、高雄大権現を参拝する。ここは撮影禁止なのだが正面に泰澄大師作と伝わる三仏の立像が安置されていた。
本殿の右に宵の宮。前に樹齢500年を越える栂の大木がそびえる。

宵の宮は宵神社(松手神社)と白山神社を合祀する。正面が宵神社の御本尊、右が白山神社の御本尊だろうか。右には高雄大権現と同じく三仏の立像だが、かなり朽ちていて形は明確でない。白山神社には高雄大権現の御前立が祀られたというので同じものであろう。

宵の宮の右に鎌倉末の越前では最も古い七重層塔が建っている。

一番右手には松谷の宮。お堂ごと松谷神社を遷座したものという。

御祭神は伊弉冉命で、彩色聖観音菩薩像が祀られている。

そうしているうちに本日の祭事が始まった。

稚児行列ということで数十人程度を予想していたが、鳥居の奥まで続く長い行列。かなり驚いた。

長い行列のため拝殿に入れる人数制限から停滞気味になっているところ、

参道の向かい側に地元の和菓子店が式年記念の菓子を販売していたので、ひとつ求めて次の目的地へ向かう。1時間ほどの滞在参拝であったが、来て良かったと思う。

帰ってきて菓子をあらためて見る。和菓子2個入りの箱と神前に特別祈祷された御朱印

中には市指定無形民俗文化財「オシッサマのお渡り」の獅子頭と宵宮祭を先導する天狗神(猿田彦命)の菓子が入っている。当日は1日神棚に祀る。

翌日、賞味期限が先に来る天狗神からいただく。

中は餡を中心に三重になっている。この菓子は販売店が式年祭のために初めて作ったもの

さらに翌日、オシッサマをいただく。

中には栗の入った粒あんになっている。この菓子はゆかりの旧武生の菓子店が正月の供物で作るもので、一般には販売されていないものだと聞いた。正月三が日持たせるようにかなり甘くなっている。
泰澄大師作高雄大権現御鎮座一三〇〇年御開扉式年祭
日程
10月6日(金)
午前8時~ 受付
午後1時30分 御開扉神事
午後6時 秋季例祭・閉扉
午後8時 神衣切り
10月7日(土)
午前7時 開扉神事
午前10時 子供神輿巡行
午後8時 オシッサマのお渡り
午後9時30分 民謡踊り
10月8日(日)
午前7時 開扉神事
午前9時30分 稚児行列
午前12時30分 松手の宮神事、オシッサマのお渡り
午後2時20分 式年祭式典(雅楽・浦安の舞含む)
午後4時 餅まき(手渡し)
午後4時30分 アトラクション(出店・チームモアイ)
10月9日(月)
午前7時 開扉神事
午後6時 閉扉神事
高雄神社
福井県福井市本堂町第5字光徳寺10番地

越前町に鎮座する越知神社里宮。本宮は越知山山頂に鎮座する。
御祭神は天照皇大神、大師像、美沙門天、観世音菩薩。もとは越知山越知神の大講堂と称し、里宮の御祭神に神仏習合の名残が残る。

境内は大谷寺に隣接する、というよりその中にあるという環境にある。
入口に鳥居か燈籠の足の部分のみ残っている。

鳥居をくぐる。

本殿に参る。

狛犬が少し変わっている。邪鬼を踏んづけているというより、邪鬼に絡まれているような感じ

本殿に宮司の言葉が置かれている。

本殿裏の大師堂の先に裏の山に登る道が続いている。この先に廃仏毀釈で移されたお堂や仏像があるのだが、今日は時間が足りないので次回にする。
越知神社里宮
福井県丹生郡越前町大谷寺42-4-1

鯖江市に鎮座する春日神社。御祭神は天兒屋根命。延喜式今立郡加多志波神社の論社。

神社前の道路は狭かったので、近くの公民館らしき建物の前に駐車し、山の麓に建つ鳥居へと向かう。

参道入口に神旗ポールと「春日神社」の社号標が建つ。

階段の前に一の鳥居。

階段をのぼると広い平場があり、二の鳥居の先は向きが変わる。

二の鳥居をくぐり、階段が折れる踊り場の左手に由緒碑が建っている。

碑には「式内加多志波神社」と書いてある。

階段を上り終えると

左手に境内社が一社。

拝殿に参る。

拝殿には大正七年に奉納された俳句の奉納額が掛かっている。

本殿や拝殿はパイプで支えられているが、冬場の備えが常時になっているようだ。
本殿には「春日社」の扁額が掛かる。
春日神社
福井県鯖江市吉谷町48-1

越前市に鎮座する國中神社。御祭神は越比古神、越比賣神、彦火火出見尊。延喜式今立郡國中神社二座の論社。

西に参道が延びる。道路脇に「式内 國中神社」の社号標が建つ。

この社号標の元に「国中の要石」が残っている。
この要石は、太閤検地の総検地奉行を務めた長束正家が、越前国の検地の中心になる石として定めたと言い伝えられている石で、越前国の中央にあたるため國中の地名由来となっている。

車道となっている参道を進むと、階段となっている。

新しい「式内 國中神社」の社号標が建ち、赤い鳥居が建っている。

階段を上ると広場となっていて、東にもうひとつ鳥居があり、こちらから車を入れることができる。

一段高い場所に社務所(参集殿?)が建っている。

社殿に続く階段は長い。途中の斜面に鳥獣除けの金網が張り巡らされていて、階段にも戸が付いている。
鹿か猿か猪か?何が出てくるのか分からない恐怖もあったが開けて中に入る。

階段の両側に笠のみの燈籠がずらりと並んでいる。

拝殿に参る。
雪対策だろうか、コンクリート製の社殿になっている。

拝殿を覗いてみる。随神があり、その上に黒駒と白駒の絵馬がかかり、なかなか立派な拝殿である。

本殿は弊殿でつながり、やはりコンクリート製。
國中神社
福井県越前市国中町58-27

越前市に鎮座する國中神社。御祭神は越國霊彦神、越國霊姫神を主祭神とし、天照皇大神と松葉大神を合祀する。延喜式今立郡國中神社二座の論社。

集落の中を通っていく途中、高台の上に「郷社 國中神社」の社号標が建っている。

前の細い路地を進み、公民館の前に駐車して境内に入る。
入口に「式内 國中神社」の社号標。鳥居や拝殿社号額にも「式内」の文字が入っていた。

赤い鳥居をくぐると社殿までは階段が続く。

階段の途中左手に社務所(参集殿?)が建つ。

拝殿前の石段にはたくさんの燈籠が奉納されている。

拝殿に参る。

拝殿と本殿は弊殿でつながる。

拝殿の左に日露戦没戦利品記念碑が建っているが、上の戦利品がないようだ。おそらく砲弾だったのだろう。

拝殿の右、記念碑とは対をなすように招魂社が建っている。

右手の斜面に文化財の石造層塔がある。

四層の石塔で、もとは中津山と国中の境界線にあり、明治にここへ移転されたという。旧地付近に2、3枚分の笠が散乱していることから七重または九重だったと考えられている。
國中神社
福井県越前市中津山町1-23

越前町と福井市にまたがって聳える越知山に鎮座する越知神社。御祭神は伊邪那岐大神、伊邪那美大神、火産霊神、大山祇神。延喜式丹生郡大山御板神社の論社。
泰澄大師によって開かれ、越知山三所権現を祀っていた。里宮が麓の大谷寺に隣接してある。

越知山山頂へは車で近くまで行けるようだが、初めての越知山は泰澄も通ったという小口登山口から始める。

越知山修行道コース約2.5時間。

今回は越前町が発行したパンフレットや、今年泰澄・白山開山1300年で作成された越前五山案内を参考に登る。

7時過ぎにスタートする。

夏の低山は蚊が多い。払いながら10分ほどで1合目。

さらに10分ほどで2合目。本道はハシゴを登って右手の丘を上るが、藪が深そうなので左手の車道をまわり道する。

舗装はすぐ終わり、下草の伸びた道が続き、右手の登りに入る。

2合目から10分ほどで3合目

左手に「泰澄大師修行地 明日の岩屋」の案内板。しかし、周辺を見渡してもどこかわからない。登山道は尾根だし、右は切れているので、左の斜面のどこかかと思い、斜めに藪を進む。

藪と崩れる斜面と格闘しながら5分。目の前に大岩が見えてきた。横に穴らしきものも見える。

前に回り込むと間違いなかった。今は斜面には木々も大きくなっているので朝日も見えないだろうな。
この場所は夏に来る場所ではなかった。

元に戻るのも嫌だったので急な斜面を直登して登山道に戻り、15分ほどで4合目。

10分ほどで5合目

途中木の実谷との分岐。帰りに寄ってみることにする。

5合目から10分ほどで地蔵堂休憩所

分岐を左に下ると独鈷水。泰澄大師が独鈷で岩を突き刺すと水が湧き出たという伝説があり、岩間から水が湧き出ている。湧水の横に頭部の欠けている不動明王石像が祀られている。

地蔵堂から5分ほどで6合目

さらに10分ほどで7合目。

このあたりから参道脇に石仏が見られるようになる。

参道沿いの美しいブナ林を抜けてゆく。10分ほどで8合目。

さらに10分ほどで9合目。

階段をのぼると分岐で、左に進むと別山、右に進むと越知神社となる。

先に別山に登り、別山神社に参る。御祭神は天忍穂耳尊で、かつての越知山三所権現の聖観音を祀っていた。
別山は標高616.5mで越知山山頂よりも高い。

別山神社の前には白山妙理大権現、日吉山王七社権現、竹生嶋辨財天、天照皇太神、日野山大権現など別山碑と呼ばれる石碑が集められている。

越知神社に参る。明治43年に二ツ屋の宮谷神社を合祀した。

拝殿に越知山大権現の扁額が掛かる。見にくいが下に御詠歌らしきものが書かれている。

後ろに単独で本殿が建っている。

室堂に建つ日宮神社と社務所。

日宮神社はかつて護摩堂と呼ばれ、今も不動明王を祀る。

室堂には御神木である栃の大木がある。

室堂から尾根を北に向かう。

泰澄大師坐像を祀る大師堂

お堂の周囲には石仏がたくさん集まっている。

続く千体地蔵堂には

たくさんの地蔵が並んでいる。

神宝庫のあるピークは610.8m。観世音菩薩を祀り、泰澄大師開闢の霊所という。右に縁結びの松のようだが枯れている。

越知山山頂の奥の院。御祭神は大己貴神。

標高612.8mの10合目。10時に到着

伝・臥行者の旧跡。泰澄の弟子であった小沙弥の行場という。

ここから晴れていれば白山を望めるのだが、残念ながら雲の中。

室堂に戻って殿池。車でこの少し下まで来ることができる。
織田信長公が池に落馬し、馬の鞍が池の中に落ちているという伝説から名が付いたという。

その畔にあるのは若返りの御膳水の井戸。

御朱印はないと思って御朱印帳を持って来なかったが、社務所の神職に尋ねるとあるというので書き置きでいただいた。聞いたところによると、雪期は里宮にいるが、雪のない3月~11月の日中は毎日来ているという。
40分ほど戻って木の実谷コースを下ることにする。

少し下って後悔した。ほとんど人が入らないのか深い藪で登山道がわからない。
川に沿ってなんとか15分進むと、かまが谷ノ滝

滝ってどこ?と思ったが水音はする。

さらに15分、お題目岩

登ってくる面に「南無妙法蓮華経」と彫られている。木の実(芽)谷は江戸時代には多くの参詣者が行き交い、道中安全祈願や休憩所になっていたというが、今は人気が全くない。

さらに下って1合目まで15分、かなん滝

周囲を見渡すと遠くに滝が見えたが、さらに藪が深く近くまで行くのは断念した。

12時過ぎ登山口に到着。25分車道を歩いて駐車場に戻る。
越知神社
福井県丹生郡越前町大谷寺(越知山)

勝山市に鎮座する平泉寺白山神社。御祭神は伊奘冊尊、天忍穂耳尊、大己貴尊。

今日を中日に3日間境内で食と音楽の祭典が開催されるので、駐車場は勝山城博物館か、越前大仏になるが、シャトルバスが越前大仏が多く、勝山城博物館は1時間後と言われたが、こちらのほうが近いので歩いて向かうことにする。
白山中居神社を出てここへ到着するまで大雨の地域もあったが、運良く晴れ間に当たったようだ。

かつての平泉寺参道を歩いて行く。

途中大きな石が道の両脇にある。手前が牛石、奥が馬石。

20分ほどでまほろばに到着する。
企画展「白山山頂への祈り」:7月1日~8月24日

入口の駐車場には白山に関係する自治体や飲食のテントが並んでいた。

天候が良くないが、人出はまずまずのようだった。

記念イベントとして宝物館が特別公開されていたので、初めて中を鑑賞させていただいた。
宝物館特別公開:7月15日~8月21日

二の鳥居をくぐり、左手に境内社がいくつか並ぶ。

今日は境内社も扉が開かれていた。初めてだったが、中にはいまでも御神像や仏像が祀られていた。

拝殿の扉も少し開いていて、中に多くの絵馬が掛かっていたが、暗くてよく見えなかった。

本社など3社に参る。

平泉の名の由来となった御手洗池の鳥居前には、記念年に合わせて白い石が敷き詰められていた。

かつては塔頭のひとつであった社務所で御朱印をいただく。
いつまでの授与か不明だが「白山開山一三〇〇年」の印がひとつ増えていた。

今日は辻観音堂でも特別公開があった。
辻観音堂特別公開:7月15日・16日

地元の方が留守番をしていたが、撮影してもよいと言われ、聖観音菩薩立像を撮らせていただいた。

両脇には西国三十三観音石像が祀られている。
平泉寺白山神社
福井県勝山市平泉寺町平泉寺

永平寺町に鎮座する明神社。御祭神は天照皇大神。延喜式坂井郡意加美神社の論社と言われる。

丘陵の中腹に鎮座する。入口右手に宮司宅が建つ。今日は留守だったので御朱印は確認していない。

明治後年までは麓のえちぜん鉄道の松岡駅あたりに鎮座していたという。

階段を上がると広い境内。替地で遷座した場所ゆえに広々としているのかもしれない。
藩政期には毘沙門堂、明治期は神明社と呼ばれ、遷座の折、元々当地に祀られていた七面山明神堂から明神社と改称した。
本殿に秋葉社、菅原社、庚申社、白山社を合祀する。

鳥居をくぐり左手に境内社が二社。右が河濯神社(瀬織津比売神)、左が稲荷神社(豊受神)。

拝殿前には御神木のツガ

拝殿に参る。

幣殿と本殿はトタンの覆屋の中に収められている。
明神社
福井県吉田郡永平寺町松岡椚57-12

坂井市に鎮座する神明神社。御祭神は天照大御神。延喜式坂井郡家津神社の論社。

社前の道路は玉垣に沿っているので、開発で参道がなくなったのか?

玉垣に沿って旗立と社号標が建つ。鳥居の先に社殿が建つ。

拝殿の前に大きな木はクスノキか

拝殿に参る。

境内の左方隅に境内社が一社。越前ではよく見る石祠

境内にはユリが植えられた花壇がある。
神明神社
福井県坂井市春江町布施田新2-31

福井市に鎮座する春日神社。御祭神は天津兒屋根命、比賣神、武甕槌命、經津主命。延喜式坂井郡石田神社の論社。

集落の中に旗立が建つ。新しいと思ったが、横の奉納碑にのぼりポール、手水鉢、鳥居3点を平成十四年に新調したとある。

しかしポールの先をまっすぐに行っても行き止まり。途中左に曲がって民家の隙間を山へと進む。

階段の先に社殿が見える。

新調された鳥居と手水鉢

拝殿に参る。

拝殿は後方に少し飛び出して本殿が収められているようだ。社殿の裏は塗り壁になっている。
春日神社
福井県福井市石畠町3-7

福井市に鎮座する熊野神社。御祭神は神武天皇、神仏分離以前は熊野大権現を祀っていた。

海岸沿いの道路から社叢が見えたので、あぜ道を行ったが行き止まりだった。

海岸沿いの集落へ下りる道の途中から社叢を一望できる。

真宗大谷派勝明寺の境内を通り、神社へ向かう。

階段を上る。

角に社号標が建つ。

鳥居の先に社殿が見える。

拝殿に参る。

拝殿右に境内社が一社。石祠の中に鏡と木製のお堂のようなものが見える。

さらに右に鳥居と狛犬一対、拝所がある。

そこから見えるのは沖に浮かぶ亀島。

島には鳥居が建てられ、おそらくこれが亀島神社だろう。延喜式坂井郡絲前神社の論社。
熊野神社
福井県福井市松蔭町2-1

あわら市に鎮座する春日神社。御祭神は天児屋根尊、家津大神。延喜式坂井郡家津神社の論社。

神社は中腹に鎮座し、山麓の入口斜面に社号標が建つ。

少し上ると旗立と階段

階段を上ると鳥居と社号標

振り返ると、麓に広がるあわら温泉街が見える。

拝殿に参る。

紅葉に猪鹿というお洒落な彫刻のある拝殿扁額。内閣総理大臣岡田啓介氏の揮毫による。

神社の後方と左方には無数の太陽パネルが並んでいる。時代の流れとは言え、社叢に隣接したこの光景に問題はないのか。

本殿左に薬師神社、御祭神は少彦名那命。玉垣にも書かれているが、かつては薬師如来を祀っていた。

社殿には彫刻が施されている。傘を逆さに波に乗る仙人だろうか。

本殿右に白山神社、御祭神は伊弉册尊。かつては十一面観世音を祀っていた社で、西垣内より遷座した。

白山神社の右手に神輿堂
舟津春日神社
福井県あわら市舟津13-2

大野市に鎮座する篠座神社。御祭神は大己貴大神を主祭神とする。

白山開山1300年を迎えた今年、同じく鎮座1300年を迎え、御鎮座千三百年奉祝大祭が行われている。3日目のしのくら芸能まつりを見に来た。

篠座神社では亥年に式年大祭を行っており、昭和58年に奉納された大幟が立てられている。

参道に赤じゅうたんがひかれ、準備が整っている。

まずは拝殿に参る。

千三百年奉祝大祭に向けて今年3月に境内社の秋生神社と若生子神社、兼務社1社が本殿に合祀され、幣殿が改築されました。

待ち時間に境内に作られた仮授与所で、忙しくなる前に御朱印をいただく。

しのくら芸能まつりが始まった。
最初は葛原太鼓踊り。篠座神社から分霊した篠座神社のある岐阜県山県市葛原からやって来ました。御本社での奉納は55年ぶりだとか。

雨乞い踊り。毎年4年生が3年生に代々教えて続いているとか。

扇踊り。境内での奉納は30年ぶりだとか。

平家踊り

西谷もじり。自分で踊りやすく袖を丸く仕立て直すのだそう。

三味線藤本流秀東紀会

蕨生里神楽

木本領家里神楽。里神楽は他に篠座里神楽、稲郷里神楽(2日目に奉納)があるそうだが、いずれも内容は同じという。しかし、神楽自体はどれも特徴的で違いがあり、演じている方も見ている方も楽しいものであった。

最後にもう一度参拝して帰途につく。
篠座神社
福井県大野市篠座42−5

あわら市に鎮座する春日神社。御祭神は天児屋根命。延喜式坂井郡保曾呂伎神社の論社。

入口は東の集落側で道は狭い。

急な階段を上って境内に入る。入口に鳥居と社号標。「指定村社 式内 春日神社」と書かれている。

鳥居には扁額がないが直接「春日大明神」と書かれている。貞享五年の銘がある。

鳥居をくぐると右に折れ、東向きに社殿は鎮座する。

拝殿に参る。

それにしても注連縄が短い。

拝殿左に注連縄をされた大岩があり、背後に境内社が一社。

境内にはかつて義賢仙人が乳の出の少ない婦女のために祈願して湧出したものと伝えられる「神乳水池」があったといい、拝殿右に井戸が作られ祀られている。

下から見上げたときにも朱色の鳥居が見えて気になったが、拝殿右をさらに上った平地に稲荷社が祀られている。

小さな石祠で、屋根が前に落ちていた。左に不動明神の石造が奉安されている。

稲荷社の前からは細呂木の集落が見える。
春日神社
福井県あわら市細呂木22-7

坂井市に鎮座する八幡神社。御祭神は品陀和気命を主祭神とする。延喜式坂井郡布久漏神社の論社。

社殿は西向き。境内に植えられた桜が満開で美しい。春祭りが近いのか大きな幟も立っている。

鳥居の右に社号標、左に「式内 布久漏神社」(昭和三十五年奉納)の石碑が立っている。

境内に入って右にかつて土俵だったような高まりが残っている。

拝殿に参る。

拝殿に掛かる扁額は「八幡宮」、福井市出身の政治家加藤寛治の謹書によるもの。

拝殿左に立つ旗は「布久漏神社」。氏子にも式内社であることが知られているようだ。

本殿左に入るのは石造六重層塔。前の燈籠は宝暦七年の銘がある。

笏谷石で作られ、本来は九層あったと考えられている鎌倉期の石塔。軸部正面には仏像、他三面には梵字が書かれている。
八幡神社
福井県坂井市春江町針原23-19

鯖江市に鎮座する白山神社。御祭神は伊弉册尊を主祭神とし、磐長姫命、天御中主命を合祀する。延喜式丹生郡長岡神社の論社。

社殿は南向き。境内入口に鳥居と「村社 白山神社」と書かれた社号の石碑。

参道を進み、階段の両側に一際高い杉の木が立っている。

参道途中の二の鳥居

扁額はないが、鳥居に直接「白山権現」と書かれている。

社殿はコンクリート造り。宝物殿のようだ。前に燈籠と狛犬が対で置かれている。

今日は境内左の桜が満開できれいだった。
白山神社
福井県鯖江市米岡町1-18

鯖江市に鎮座する石田神社。御祭神は大日孁貴尊を主祭神とし、誉田別尊、大己貴命、少彦名命、鵜鵜葺不合尊を配祀する。延喜式坂井郡の論社。

社前に通るまっすぐの道路の先に鳥居が見えた。木製の一の鳥居。道路の両側は住宅や店が建っているが、かつては参道だったのだろう。

交差点まで来ると「郷社 石田神社」の社号標と大燈籠が建っている。

境内入口の鳥居の両側に幟立が立っている。鳥居には享保の銘が入っているが年が読み取れない。

鳥居の扁額は旧社号「八幡宮」のまま。参道は途中やや左に曲がっている。

拝殿に参る。

入口にも扁額は掛かっているが、拝殿内を覗くと中の扁額は東郷平八郎謹書だった。

参道の左方に少し盛り上がった場所があり、かつては土俵だったくらいの大きさ

本殿は弊殿に続く覆屋の中

本殿の左右に石祠が建っている。祠前の燈籠は元禄十六年の銘があった。

拝殿右に境内社の稲荷神社が建っている。
石田神社
福井県鯖江市石田上町44-1

越前市に鎮座する鵜甘神社。御祭神は應神天皇を主祭神とし、神功皇后、武内宿禰、火産巣日神を配祀する。延喜式今立郡の論社。

集落の入口に幟立が立っている。道路に沿って西方向に鳥居と、山麓にも鳥居が見える。

1本集落内に道路を進むと一の鳥居が立つ。横に「式内 鵜甘神社」の社号標。

さらに山の方へ進むと境内入口に二の鳥居が建つ。

社殿前に階段、入口に狛犬が奉斎される。両側には背の高い杉の木。ちょっと左右の均衡が取れていない。

階段途中に建つ燈籠には文化十二年の銘がある。

社殿・境内改修は平成十二年というが、拝殿を囲むパイプもその結果なのか。

拝殿に参る。拝殿前の扁額は福井市出身の政治家岡田啓介の揮毫

拝殿内にも扁額が掛かっている。

本殿は弊殿でつながる覆屋の中にある。

本殿左に住吉神社。

右に社務所が建つ。
鵜甘神社
福井県越前市片屋町9-2

越前市に鎮座する神明神社。御祭神は天照皇太御神。延喜式丹生郡大山御板神社の論社。

車通りも多い交差点の南東角に南向きに鎮座する。1本植えられた桜が満開になっていた。

拝殿前に狛犬。拝殿に参る。

拝殿の後方に本殿が建つ。

明治41年に楠町の伏拝神社と合併し、昭和の末に上総社に一端合祀された河野町菅谷の神社を分祀したという。

拝殿左にころり観音堂が建つ。

中には一体の観音の石仏と二体の地蔵の石仏が祀られていた。

野ざらしの観音様を村の神社の前で祀ったのが始まりという。
神明神社
福井県越前市三ツ口町122

越前市に鎮座する雷神社。御祭神は大山祇命、天照皇大神を主祭神とし、廣端大神、雄碓命を合祀する。延喜式丹生郡の論社。

社殿は南向き。幟立の先に鳥居が建つ。

鳥居と社号標。社号標には「式内 雷神社」

鳥居の先、吉野瀬川に架かる橋は「雷橋」。吉野瀬川沿いには桜が植えられているところが多く、桜の名所となっているようです。東に見える山は手前が妙法寺山、奥が日野山だろうか。

橋を渡ると、参道両側に燈籠が立ち並び、その外側が杉並木となっていて神域にいざなう。

拝殿前には両側に特に高い杉が立つ。

拝殿に参る。

拝殿には入れなかったが、中をのぞくと中に扁額が掛かっている。

本殿左に天神社。

右に秋葉宮、八幡宮、庚申宮の合祭殿。
雷神社
福井県越前市広瀬町字宮谷82-13

越前市に鎮座する酒列神社。御祭神は少名彦尊。越前國丹生郡麻氣神社の論社。

集落の中に神旗竿が立っているが、肝心の社殿がすぐには見つからなかった。

ようやく丘の上に社殿を見つけました。社号標も鳥居もない参道。

階段の先に社殿が見える。

拝殿。前に狛犬の代わりなのか小石が2個置かれている。

拝殿の後ろは出っ張りがない。本殿は拝殿内に奉安されているのか。

前に参拝した兄子神社は中に入れたので、戸を開けてみると中に入れた。正面に3つの扉があるが、鏡が直接奉安されている形式だろうか。それにしても両脇には何が祀られているのだろうか。

拝殿内には馬の絵馬が数枚掛けられていた。奉納の1枚は参道石段、もう1枚は大幟と猿公。猿公って何だろうか?狛犬のような狛猿だろうか。
酒列神社
福井県越前市牧町16-1

越前市に鎮座する兄子神社。御祭神は穴穗尊。延喜式丹生郡の論社。

谷間を開いて集落が続いている。集落の西(海側)に川が流れている。
後で話を聞いたところ、常住は2軒になってしまったといい過疎が進むばかりという。生計は林業と集落の奥(北)に段々の田が開かれていて、比較的裕福な暮らしを送れたそうだ。「今は木が二束三文でね。若い者はみんな出て行った。」と

集落から東の山に向かって階段が延び、途中に鳥居が見える。
道も狭かったので留守だと思って広い空き地に車を停めさせてもらったが、戻ってきたらおばあさんが待っていたので、お礼を言ってしばらく話をしていた。

長い階段。途中の両側にも以前は家があったそうだ。

階段途中に鳥居。よく見ると朱色が残っている。

階段を上っていると、オーッと
段に蛇が休んでいた。大人しいのだったので避けて通る。もう動物に遭遇する季節になった。

上っていくと、参道は北に折れ、社殿正面に出る。境内は周囲を杉に囲まれている。笹は今でも多く自生しているが、昔はもっと多かったそうだ。

拝殿は西向き。戸が閉まっているので拝殿前で参る。

ここで一度帰ったのだが、下りるとおばあさんに会った。
話をしていると、拝殿の戸は開くので中で参ってくるといいと言われた。昨年も同市のどこかの保育園児がバスでやってきて、ゾロゾロと階段を上っていったという。
もう一度上がると、確かに戸は開いた。年寄りばかり長い間上がっていないという拝殿は少し埃っぽかったが、両脇に随神を奉斎し、中央に本殿が見える。

あらためて本殿に参る。本殿は彫刻が複数付いている。

拝殿には絵馬も複数掛けられており、武者絵が多い。本殿といい、絵馬といい、往時の集落の繁栄ぶりを見る思いがし、過疎により荒廃を待つばかりなのは残念である。
兄子神社
福井県越前市安戸町41-3

敦賀市に鎮座する金山彦神社。御祭神は金山毘古神。文徳実録に記載の金山彦神の論社とされる。

社殿は南向き。境内の桜が満開できれいでした。

社号標の横には国史見在社としての由緒を記載している。

境内の南東隅にハゼノキが立っている。

社号標の後ろ辺りに社がひとつ。中には石板らしきものが祀られているが、地蔵堂のようだ。

境内の中程に鳥居が立ち、前に狛犬がいる。

境内には大木が多い。

拝殿。中は何も置いていなくきれいに整理されている。

鳥居から拝殿、本殿と直線上に並ぶが、広い境内が住宅地の中で残されているのには驚く。

覆屋に入る本殿に参る。

本殿右のイチョウの御神木は実に大きい。紅葉すれば空に映えそうだ。

本殿左に社務所と神輿倉が建っている。
金山彦神社
福井県敦賀市金山58-3

敦賀市に鎮座する剱神社。御祭神は比咩大神を主祭神とし、誉田別天皇を配祀する。延喜式敦賀郡の論社。

鳥居は北向き。左に公園、右に地区公民館が建つ。

扁額の掛かる一の鳥居の先、参道途中に二の鳥居が建つ。

参道は途中左になぜか大きく折れる。

拝殿と本殿の参道は北東向き。まっすぐ延ばすと公園を横切って隣の敷地へ。東を流れる河川の整備のために参道が付け替えられたのだろうか。
拝殿には神輿や絵馬が収められている。

参道右方に階段のついた燈籠が建つ。寛延元年の銘がある。灯明をつけるための階段だろうか

階段の先に社殿。階段前の両側の燈籠は寛政元年、左に文政七年の燈籠が二基ある。これも元は参道両脇に置かれていたものか。

階段を上って本殿に参る。

本殿は覆屋に入る。

本殿左に末社内宮と外宮が並ぶ。

本殿左に日野社・日吉社・愛宕社の合祀殿と稲荷社

稲荷社の前に石祠があるが、以前は本殿左にあったようだ。中に木製の社が収められていた。

拝殿前の左方に階段があり、社殿後方の山に登れる。

杉の植樹の多い山の多い中で原生林の雰囲気がよく残っているようだ。

山頂には使用禁止になった展望台。確かに見晴らしはいい。

展望台のまわりを回ると、北に大きな岩が露出していた。先端で祭祀ができるような平らな石で、磐座として祀られていたものかもしれない。

境内の桜は満開直前でとてもきれいだった。
剱神社
福井県敦賀市莇生野47-16

坂井市の多禰神社。御祭神は稻倉魂命を主祭神とし、天児屋根命、大国主命を合祀する。延喜式坂井郡の論社。

広がる田の向こうに朱色の鳥居が見える。

社殿は南向き

参道には鳥居がたくさん建っている。

境内入口の唯一の石鳥居の横に「式内 多禰神社」の社号標。鳥居には旧社名の「種神社」の扁額が掛かる。

階段を上がると社殿が見えてくる。

拝殿に参る。

社殿には彫刻は少ないが、入口に虎(左)と鯉の滝登り(右)の彫刻がついている。

拝殿の後ろに本殿がつく

本殿の左には平成25年10月に振媛母子像が建っている。振媛はこの高向郷で男大迹王(のちの継体天皇)を養育したと伝わる。男大迹王が生まれたのが近江国高島郷三尾の山崎で、ここを高椋の山崎として振媛像は滋賀県高島市を見つめている。

拝殿右に移動式の舞殿のような建物

その上のほうに鳥居と小さな石祠がある。

中には文字が書かれた石板のようなものが祀られているが何だろうか。
多禰神社
福井県坂井市丸岡町山崎三ケ64-77

福井市に鎮座する大己貴神社。御祭神は大己貴命を主祭神とし、直野神社の三尾君、天満神社の菅原道真公を合祀する。合祀されている直野神社は延喜式足羽郡の論社。

城山の西麓に鎮座する。城山は北陸道を見渡す要衝として三度、城が築かれた。南居城、蕗野寺城、朝津城と時によって呼び名が変わるので城山という一般名称で呼ばれているようです。

社前には地蔵堂や石碑が並ぶ。

入口に社号標、階段を上って境内に入る。

境内入口に鳥居

社前西側の平野に田が広がる。

社殿右に御神木の杉は特に高く目立つ。

拝殿に参る。

コンクリート製の社殿で拝殿後ろに本殿がつく。

本殿裏には南居町の集落が山裾まで広がっている。
大己貴神社
福井県福井市南居町45

越前町に鎮座する大洗磯﨑神社。御祭神は大名持命、少彦名命。延喜式丹生郡大山御板神社の論社。

社前の道路は狭い。駐車場がないので空き地をしばらくお借りする。

鳥居と社号標。鳥居の先に長い階段が待っている。ちょうど帰ってきた子供たちと挨拶を交わしてから上り始める。

上の平地に出ると、参道の先に社殿。社殿の前に玉垣がめぐる。

拝殿に参る。拝殿の扁額は「大洗神社」

拝殿の左に神輿殿

拝殿の右手に境内社と神社が鎮座する乙坂山への登山口がある。

境内社をのぞくと地蔵が祀られていて、どうやら地蔵堂のようだ。

高台に鎮座することから景色が良い。曇っていたのが残念。
大洗磯﨑神社
福井県丹生郡越前町乙坂12-24