「18福井県の神社」カテゴリーアーカイブ

若狭上中 波古神社

波古神社

若狭町に鎮座する波古神社。御祭神は波邇夜須毘古命を主祭神とし、、天照大御神、伊弉册尊を配祀する。延喜式遠敷郡の比定社。

波古神社

参道に神旗ポールが建っている。

波古神社

境内入口に「波古神社」の扁額がかかる鳥居と「式内村社 波古神社」と書かれた社号標が建つ。

波古神社

鳥居をくぐりまっすぐ進むと拝殿が建つ。

波古神社

拝殿は冬囲いがされ、後ろに本殿が建っている。

波古神社

拝殿左に不動宮が建つ。かつては御神木の根元に祀られていたようだが、今は倒れてしまったのか?または祀る場所が変わったのか。

波古神社

一段高い場所に建つ本殿に参る。

波古神社

庇付き覆屋に本殿が入っている。

波古神社

本殿には「箱大明神」の扁額がかかる。
波邇夜須毘古ノ神(社主宮、式内波古社)、天照大御神(神明宮)、伊弉冊尊(大将宮)の三社が合祀されている。

波古神社

本殿左後ろには「祇園神社」の扁額がかかる祇園社(左)と「天満大神」の扁額がかかる天満宮。

波古神社

本殿左後ろには奥ノ院が建つ。奥ノ院には波邇夜須毘売ノ神が祀られている。主祭神と奥の院祭神が夫婦というのが珍しい。

波古神社

本殿左に六所大明神を祀る田中権現社と、手前に山神社

波古神社
福井県三方上中郡若狭町堤18森脇16

若狭三方 恵比須神社

恵比須神社

若狭町に鎮座する恵比須神社。蛭子大神を主祭神とし、陶津耳命、大國主命を配祀する。延喜式三方郡須部神社の論社。

恵比須神社

国道から北の集落へ入る道路に燈籠が建っている。

恵比須神社

進むと明治五年の燈籠と昭和三年の社号標。須部神社と書かれている。

恵比須神社

その燈籠から神社は西へ曲がる。途中の道ばたに石仏や五輪塔を集めた場所があった。

恵比須神社

神旗ポールを過ぎると一の鳥居が建つ。

恵比須神社

さらに進むと境内入口に二の鳥居が建ち、「恵比須大神」の扁額がかかる。

恵比須神社

鳥居の裏に「寿命石」と書かれた巨石と覆い被さるような巨木がある。

恵比須神社

表参道は鳥居から左に折れ、さらに右に折れる。

恵比須神社

朱色が鮮やかな三の鳥居は正保二年(1645)に若狭藩主酒井忠勝公が寄進したもの。
階段の先に割拝殿が建つ。

恵比須神社

割拝殿をくぐると屋根付き廊下を通り拝殿で参る。

恵比須神社

割拝殿の左には神輿

恵比須神社

右は授与所になっている。

恵比須神社

本殿は拝殿と幣殿でつながる。

恵比須神社

拝殿横に鎮座する狛犬は少し潰れた顔だが、見ていると段々愛らしく見えてくる。

恵比須神社

本殿の周りを時計回りに境内社などに参拝する。
恵比須さんということもあってか、鯛の銅像が奉納されている。

恵比須神社

「少彦名命」の扁額がかかる少彦名社。

恵比須神社

天満宮。以上二社が本殿の左に鎮座する。

恵比須神社

階段の途中に「倉稲魂命」の扁額のかかる稲荷社

恵比須神社

階段の上には皇大神宮

恵比須神社

本殿右後ろ角に日枝社が建つ。

恵比須神社

その裏に宮司宅があり、その途上に「西神社 是ヨリ三丁」という燈籠がある。文化三年の銘が入っているので藩政期はやはり「えびすじんじゃ」のほうが通称として通っていたようだ。

恵比須神社

本殿の右に八幡宮

恵比須神社

「大國主命」の扁額がかかる大國主社の二社が建つ。

恵比須神社

一段下に養老年間から残っているという井戸がある。

恵比須神社

井戸近くの境内社には扁額がないが水神だろうか

恵比須神社

授与所で御朱印をいただく。かつては「須部神社」の朱印を押していたこともあったようだが、現在は「恵比須神社」に変わっている。
えびす飴が売っていたので袋を買ってきた。おいしい飴だった。樽のほうも気になるなー

恵比須神社

境内入口に建つ建物はなんだろうか?と思っていたが

恵比須神社

廊下と建物の形状から能舞台かとも思ったが、中をのぞくと松の絵もあるしやはり能舞台のようだ。

恵比須神社
福井県三方上中郡若狭町末野字神ヶ谷36-11

若狭三方 闇見神社

闇見神社

若狭町に鎮座する闇見神社。御祭神は沙本之大闇見戸賣命を主祭神とし、菅原道眞公と天照大神を配祀する。境内の御由緒には沙本之大闇見戸売命、菅原道真公、上下宮が祭神で、明治42年に近隣の六社を合祀したと書かれている。上下宮とは賀茂の上下神のことだろう。延喜式三方郡の比定社。

闇見神社

参道が東の山手に延びる。

闇見神社

振り向くと西にも参道が続いているようだったので、参拝後に行ってみた。

闇見神社

集落内に「郷社 式内 闇見神社」という社号標が建つ。

闇見神社

近くには若狭天神と呼ばれる当社に牛の石像が奉納されている。

闇見神社

闇見神社から滋賀県高島市の酒波寺若剱神社への峠道「近江坂古道」の起点となっているようだ。

闇見神社

鳥居の脇に大きな木がたっている。社叢は深い。

闇見神社

鳥居の先には階段が続く。

闇見神社

階段の途中、左手に中はほとんど空洞となっているが、御神木が霊気を放っている。

闇見神社

階段を上がると正面に拝殿。ここで4月5日王の舞が奉納される。

闇見神社

左手に社務所

闇見神社

右手に祈祷所と書かれた旧社務所が建つ。

闇見神社

祈祷所の中に、木像の大きな牛が奉納され、授与品も置いてある。御朱印も書き置きがあるはずだったが、今日は売り切れ。神職に電話したが、今日は用事があるということでまたの機会にする。

闇見神社

拝殿の後ろ、一段高い場所に本殿が建つ。

闇見神社

拝所付きの覆屋の中に本殿が鎮座する。

闇見神社

中央に「闇見神社」、右に「天満大神」、左に「天照皇大神」の扁額がかかる。
本殿に参る。

闇見神社
福井県三方上中郡若狭町成願寺字御手洗水12-7

若狭三方 能登神社

能登神社

若狭町に鎮座する能登神社。御祭神は大入杵命を主祭神とし、誉田別命を配祀、大山祇命、大山咋命、加茂大神、大鷦鷯命を合祀する。延喜式三方郡の比定社。

主祭神の大入杵命は、第10代崇神天皇の皇子で能登臣の祖とされる。彌美神社の主祭神の室毘古王とは、従兄弟になるという。

能登神社

参道は西から東へ延びる。集落の中に「村社 式内 能登神社」の社号標と燈籠が建つ。

能登神社

参道途中に国道27号線が横切っているが集落内を通る道路がかつてのメイン道路なのだろう。

能登神社

参道を進むと神旗ポールが国道の手前と奥に2組ある。

能登神社

社叢の入口に鳥居が建ち、鳥居の前を八幡川が流れ、八幡橋がかかっている。橋名からわかるように配祀された八幡神のほうが表に出た時代があった。

能登神社

社叢は深く、大きな木も多い。

能登神社

鳥居の先には広い境内がひろがる。

能登神社

境内右手に手水舎、社務所が建つ。

能登神社

社殿は西向き。階段をのぼると拝殿が建つ。

能登神社

4月15日の春季例祭には王の舞が舞われる拝殿

能登神社

本殿も拝殿同様、常時雪除けのトタンを付けたままになっている。

能登神社
福井県三方上中郡若狭町能登野字森ノ本19-3

若狭三方 天神社

天神社

若狭町に鎮座する天神社。御祭神は菅原道真公。延喜式三方郡山都田神社の論社。

天神社

最初参道途中からアクセスしたが、集落内に参道が通り、入口に「村社 天神社」の社号標が建つ。

天神社

参道は杉並木になっているが、あまり手入れ(枝打ち)はされていない。

天神社

参道を行くと鳥居の前に鳥獣柵がある。

天神社

開けて入ると鳥居の先の石段の向こうに社殿が見えてくる。

天神社

社殿と思ったものは覆屋だった。

天神社

中に同規模の本殿が2つ並んでいる。
右に梅鉢紋が付いているのが天神社、左が山王社。

天神社

右の壁に牛の絵馬がかかる。銅像や石像ではなく絵馬で牛が奉納されているのはあまり見ない。

天神社

左の壁の絵馬は枠が壊れているが、山王社の神使、猿のようである。

天神社

境内には他に建物はないが、右手の森の中に「奉焼地」という石に囲まれた場所があった。
「奉焼」とは戦中に軍旗を燃やしたことをいうようだ。

天神社

その後ろに石像が埋もれている。2つの仏像のようだが風化していて判別できない。

天神社
福井県三方上中郡若狭町佐古22

若狭三方 彌美神社

彌美神社

美浜町に鎮座する彌美神社。御祭神は室比古王、建御雷神、天兒屋根命、布都主神、比咩大神、大山祇命。
延喜式三方郡の比定社。

彌美神社

神社からかなり西に行った所に社号標が建つ。「式内 縣社 彌美神社」と書かれている。

彌美神社

近くに建つ看板は若狭地方の数社のみに伝わる王の舞。この社では5月1日に行われる。

彌美神社

一の鳥居の前に石碑が建つ。

彌美神社

東側は六地蔵が浮き彫りされている。西側には五輪塔が掘られている。

彌美神社

鳥居の先を行くと階段を登り参道が延びる。

彌美神社

参道の右側に宮司宅、

彌美神社

社務所が並び

彌美神社

さらに行くと四脚門の二の鳥居が建つ。

彌美神社

鳥居をくぐり左方の大きな木の下に石碑が建っている。

彌美神社

「皇孫ニニギノ尊宮殿の郷」
天孫降臨神話の中にある「笠沙の御前」は常神半島と解釈して、宮代の地名が宮殿の存在を示すという説があるようです。

彌美神社

右手には神楽殿

彌美神社

階段を上ると拝殿が建つ。

彌美神社

拝殿の左に境内社が1社。

彌美神社

拝殿の左前に樹齢約700年の杉の御神木が立つ。

彌美神社

本殿は拝殿の後方に独立して建つ。右に境内社が1社ある。

彌美神社

本殿に参る。

彌美神社

本殿に書き置きの御朱印があったのでとりあえずいただく。

彌美神社

境内に南接して園林寺という寺が建っている。
もと別当寺だったか、塔頭だったかのか分からないが、

彌美神社

寺の境内にも社が数社あり、一番奥の社に雨宝童子が祀られているといい、この像が天照大神が日向に下向した姿であるとか、ニニギノ尊の姿であるとか言われている。

境内を散策している内に、宮司さんが本殿にいらしたので御朱印をお願いして書き置きは返し、入口の社務所まで戻って御朱印をいただいた。

彌美神社
福井県三方郡美浜町宮代7森下2

若狭三方 伊牟移神社

伊牟移神社

美浜町に鎮座する伊牟移神社。御祭神は國常立命を主祭神とし、伊弉册尊、誉田別命、天津兒屋根命、市姫大神、誉田別命、大日孁貴命、伊弉諾尊、建御名方命を配祀し合祀社の御祭神が多い。延喜式三方郡の論社だが、合祀した射矢神社を論社としているらしい。当地は改称前の金銀子神社の鎮座地で、射矢神社は伊屋山の山頂に鎮座していた。

伊牟移神社

美浜町役場に隣接し駐車場には困らない。
参道は西に延びていて、南にはすぐ田が広がっている。入口に「式内 村社 伊牟移神社」と書かれた社号標が建つ。

伊牟移神社

参道を行くと燈籠と鳥居が建つ。

伊牟移神社

鳥居の先、社叢に包まれるように社殿が建っている。

伊牟移神社

拝殿に参る。

伊牟移神社

拝殿前に2本の杉が高く聳える。田の中にあって社叢の森は目立つ。

伊牟移神社

拝殿背後の本殿は覆屋の中にあるようだ。

伊牟移神社

拝殿右に境内社が1社ある。

伊牟移神社

神馬舎には栗毛の馬が納められている。伏見宮家御下賜品のようだ。

伊牟移神社

到着した頃から地元の方が集まってきていましたが、境内の清掃でもするのかと思っていたら、ちょうど今から拝殿の冬支度をするところだった。お邪魔になってはいけないので帰ることにする。

伊牟移神社
福井県三方郡美浜町郷市25-16

若狭三方 木野神社

木野神社

美浜町に鎮座する木野神社。御祭神は天日方奇日方命を主祭神とし、應神天皇、二王ノ大神、大山積命を配祀する。延喜式三方郡の論社。

木野神社

集落の公民館広場の角に社号標が建っている。

木野神社

「村社 式内 木野神社」と書かれた社号標

木野神社

公民館に車を停め、少し歩く。踏切の先に鳥居が見える。

木野神社

一の鳥居と神旗ポールが1本。

木野神社

車道と平行する参道を行くと、少し車通りの多い通りに地下道があった。
どうも地下道が参道の続きらしい。

木野神社

地下道を行くと出口に鳥獣柵

木野神社

開けて入ると、もう1本神旗ポールが建っている。

木野神社

石橋を渡ると「式内 木野神社」の額がかかる二の鳥居。

木野神社

鳥居をくぐると左に大木があった。

木野神社

参道を行くと神門の前にも鳥獣柵があった。

木野神社

開けて神門をくぐると拝殿が建つ。拝殿は雪囲いがされている。

木野神社

拝殿の後ろに一段高く本殿が建っている。

木野神社

覆屋の中の本殿に参ることができた。

木野神社
福井県三方郡美浜町木野7-6

越前丹生 金刀比羅山宮②

金刀比羅山宮

越前町に鎮座する金刀比羅山宮。御祭神は大物主大神を主祭神とし、白峯大神、猿田彦大神、大國主大神、事代主大神を配祀する。

金刀比羅山宮

前回の参拝では宮司さんが留守で御朱印をいただけなかった。
天候も悪いので足早に参拝することにした。

金刀比羅山宮

拝殿に参る。

金刀比羅山宮

天候が良ければ山頂から周囲の山々を見渡すこともできる。

金刀比羅山宮
福井県丹生郡越前町小曽原90-12

越前敦賀 金崎宮②

金崎宮

敦賀市に鎮座する金崎宮。御祭神は尊良親王、恒良親王。建武中興十五社の一社。

金崎宮

参道入口の社号標。入口に北陸三十三観音霊場や若狭観音霊場になっている金前寺が建つ。

金崎宮

階段の途中に境内社の愛宕神社が建つ。神社までの階段はさらに急になっている。

金崎宮

階段を上り鳥居をくぐると社務所

金崎宮

社務所前の神社周辺の案内図はしばらく来ていない間に新しくなったようだ。

金崎宮

拝殿前に鳥居が建つ。

金崎宮

本殿前の拝所に参る。

金崎宮

天気が良ければ絶好の風景が広がる。数分しか登らないが、敦賀市街を見渡せる良い場所だ。

金崎宮
福井県敦賀市金ヶ崎町1-4

越前一の宮 氣比神宮③

氣比神宮

敦賀市に鎮座する氣比神宮。御祭神は伊奢沙別命(氣比大神)、仲哀天皇、神功皇后、応神天皇、日本武尊、玉姫命、武内宿禰命の七柱。

氣比神宮

表参道の大鳥居は修復中だった。年末には終了するようだ。
氣比神宮大鳥居美装化工事 平成28年11月7日~平成29年12月31日

氣比神宮

社殿前の鳥居まで来た。雨が降りしきる中の早朝ということもあるのだろうか。
人影がまばらだった。

氣比神宮

拝殿に参る。

氣比神宮

大鳥居が修復中ということで、拝殿内に大鳥居の扁額が展示されていた。
鳥居に付いていると大きさに実感があまりないのだが、間近で見るとやはり大きい。

氣比神宮

拝殿左に並ぶ境内社

氣比神宮
福井県敦賀市曙町11−68

越前丹生 高雄神社

高雄神社

福井市に鎮座する高雄神社。御祭神は高雄大権現と呼ばれる天忍穂耳命、伊弉冉尊、大己貴命の三柱。神名は異なるが仏として聖観音、十一面観音、阿弥陀の姿をしていて白山と同じ。高雄大権現は白山を開山した泰澄大師作と伝わる。

高雄神社

泰澄大師により開かれた高雄神社は白山と同じく今年1300年を迎えた。式年1300年祭行事として、33年毎に公開される高雄大権現に参拝に来た。

高雄神社

夏に越知山登拝などのとき、近くの道路を通って式年祭の看板を見てあまり時間を取れないところを参拝に向かった。

高雄神社

地区の公民館に駐車して徒歩で神社に向かう。社号標が左に建ち、参道がまっすぐ延びる。

高雄神社

少し進むと右に旧社号標が建っている。

高雄神社

神旗が高く掲げられ、地元の信仰の厚さを感じる。

高雄神社

鳥居の先、階段の上りながら正面に社殿が見える。提灯や紅白の垂れ幕が祭りを盛り上げる。

高雄神社

本日のイベント前ということもあり、まだ人はまばらだったのでゆっくり境内を巡る。

高雄神社

拝殿

高雄神社

今日は本殿にも入らせていただけるので、左手に回る。鳥居には「白山宮」と刻まれ、宵の宮に合祀された白山神社のものだろうか。

高雄神社

薬師堂。集落の薬師神社(薬師如来座像。大国主命)、向神社(釈迦如来立像。応神天皇)、春日神社(神主像。春日大神)を合祀する。これで分かる通り、高雄神社は神仏習合の名残のある神社になる。

高雄神社

鳥居左手には六地蔵灯籠

高雄神社

薬師堂の左の小祠は善光寺如来。奥の石像がそうだが、手前の仏像は阿弥陀如来のようだ。

高雄神社

本殿に入り、高雄大権現を参拝する。ここは撮影禁止なのだが正面に泰澄大師作と伝わる三仏の立像が安置されていた。
本殿の右に宵の宮。前に樹齢500年を越える栂の大木がそびえる。

高雄神社

宵の宮は宵神社(松手神社)と白山神社を合祀する。正面が宵神社の御本尊、右が白山神社の御本尊だろうか。右には高雄大権現と同じく三仏の立像だが、かなり朽ちていて形は明確でない。白山神社には高雄大権現の御前立が祀られたというので同じものであろう。

高雄神社

宵の宮の右に鎌倉末の越前では最も古い七重層塔が建っている。

高雄神社

一番右手には松谷の宮。お堂ごと松谷神社を遷座したものという。

高雄神社

御祭神は伊弉冉命で、彩色聖観音菩薩像が祀られている。

高雄神社

そうしているうちに本日の祭事が始まった。

高雄神社

稚児行列ということで数十人程度を予想していたが、鳥居の奥まで続く長い行列。かなり驚いた。

高雄神社

長い行列のため拝殿に入れる人数制限から停滞気味になっているところ、

高雄神社

参道の向かい側に地元の和菓子店が式年記念の菓子を販売していたので、ひとつ求めて次の目的地へ向かう。1時間ほどの滞在参拝であったが、来て良かったと思う。

高雄神社

帰ってきて菓子をあらためて見る。和菓子2個入りの箱と神前に特別祈祷された御朱印

高雄神社

中には市指定無形民俗文化財「オシッサマのお渡り」の獅子頭と宵宮祭を先導する天狗神(猿田彦命)の菓子が入っている。当日は1日神棚に祀る。

高雄神社

翌日、賞味期限が先に来る天狗神からいただく。

高雄神社

中は餡を中心に三重になっている。この菓子は販売店が式年祭のために初めて作ったもの

高雄神社

さらに翌日、オシッサマをいただく。

高雄神社

中には栗の入った粒あんになっている。この菓子はゆかりの旧武生の菓子店が正月の供物で作るもので、一般には販売されていないものだと聞いた。正月三が日持たせるようにかなり甘くなっている。

泰澄大師作高雄大権現御鎮座一三〇〇年御開扉式年祭
日程
10月6日(金)
午前8時~ 受付
午後1時30分 御開扉神事
午後6時 秋季例祭・閉扉
午後8時 神衣切り

10月7日(土)
午前7時 開扉神事
午前10時 子供神輿巡行
午後8時 オシッサマのお渡り
午後9時30分 民謡踊り

10月8日(日)
午前7時 開扉神事
午前9時30分 稚児行列
午前12時30分 松手の宮神事、オシッサマのお渡り
午後2時20分 式年祭式典(雅楽・浦安の舞含む)
午後4時 餅まき(手渡し)
午後4時30分 アトラクション(出店・チームモアイ)

10月9日(月)
午前7時 開扉神事
午後6時 閉扉神事

高雄神社
福井県福井市本堂町第5字光徳寺10番地

越前丹生 越知神社里宮

越知神社里宮

越前町に鎮座する越知神社里宮。本宮は越知山山頂に鎮座する。
御祭神は天照皇大神、大師像、美沙門天、観世音菩薩。もとは越知山越知神の大講堂と称し、里宮の御祭神に神仏習合の名残が残る。

越知神社里宮

境内は大谷寺に隣接する、というよりその中にあるという環境にある。
入口に鳥居か燈籠の足の部分のみ残っている。

越知神社里宮

鳥居をくぐる。

越知神社里宮

本殿に参る。

越知神社里宮

狛犬が少し変わっている。邪鬼を踏んづけているというより、邪鬼に絡まれているような感じ

越知神社里宮

本殿に宮司の言葉が置かれている。

越知神社里宮

本殿裏の大師堂の先に裏の山に登る道が続いている。この先に廃仏毀釈で移されたお堂や仏像があるのだが、今日は時間が足りないので次回にする。

越知神社里宮
福井県丹生郡越前町大谷寺42-4-1

越前鯖江 春日神社

春日神社

鯖江市に鎮座する春日神社。御祭神は天兒屋根命。延喜式今立郡加多志波神社の論社。

春日神社

神社前の道路は狭かったので、近くの公民館らしき建物の前に駐車し、山の麓に建つ鳥居へと向かう。

春日神社

参道入口に神旗ポールと「春日神社」の社号標が建つ。

春日神社

階段の前に一の鳥居。

春日神社

階段をのぼると広い平場があり、二の鳥居の先は向きが変わる。

春日神社

二の鳥居をくぐり、階段が折れる踊り場の左手に由緒碑が建っている。

春日神社

碑には「式内加多志波神社」と書いてある。

春日神社

階段を上り終えると

春日神社

左手に境内社が一社。

春日神社

拝殿に参る。

春日神社

拝殿には大正七年に奉納された俳句の奉納額が掛かっている。

春日神社

本殿や拝殿はパイプで支えられているが、冬場の備えが常時になっているようだ。
本殿には「春日社」の扁額が掛かる。

春日神社
福井県鯖江市吉谷町48-1

越前今立 國中神社

國中神社

越前市に鎮座する國中神社。御祭神は越比古神、越比賣神、彦火火出見尊。延喜式今立郡國中神社二座の論社。

國中神社

西に参道が延びる。道路脇に「式内 國中神社」の社号標が建つ。

國中神社

この社号標の元に「国中の要石」が残っている。
この要石は、太閤検地の総検地奉行を務めた長束正家が、越前国の検地の中心になる石として定めたと言い伝えられている石で、越前国の中央にあたるため國中の地名由来となっている。

國中神社

車道となっている参道を進むと、階段となっている。

國中神社

新しい「式内 國中神社」の社号標が建ち、赤い鳥居が建っている。

國中神社

階段を上ると広場となっていて、東にもうひとつ鳥居があり、こちらから車を入れることができる。

國中神社

一段高い場所に社務所(参集殿?)が建っている。

國中神社

社殿に続く階段は長い。途中の斜面に鳥獣除けの金網が張り巡らされていて、階段にも戸が付いている。
鹿か猿か猪か?何が出てくるのか分からない恐怖もあったが開けて中に入る。

國中神社

階段の両側に笠のみの燈籠がずらりと並んでいる。

國中神社

拝殿に参る。
雪対策だろうか、コンクリート製の社殿になっている。

國中神社

拝殿を覗いてみる。随神があり、その上に黒駒と白駒の絵馬がかかり、なかなか立派な拝殿である。

國中神社

本殿は弊殿でつながり、やはりコンクリート製。

國中神社
福井県越前市国中町58-27

越前今立 國中神社

國中神社

越前市に鎮座する國中神社。御祭神は越國霊彦神、越國霊姫神を主祭神とし、天照皇大神と松葉大神を合祀する。延喜式今立郡國中神社二座の論社。

國中神社

集落の中を通っていく途中、高台の上に「郷社 國中神社」の社号標が建っている。

國中神社

前の細い路地を進み、公民館の前に駐車して境内に入る。
入口に「式内 國中神社」の社号標。鳥居や拝殿社号額にも「式内」の文字が入っていた。

國中神社

赤い鳥居をくぐると社殿までは階段が続く。

國中神社

階段の途中左手に社務所(参集殿?)が建つ。

國中神社

拝殿前の石段にはたくさんの燈籠が奉納されている。

國中神社

拝殿に参る。

國中神社

拝殿と本殿は弊殿でつながる。

國中神社

拝殿の左に日露戦没戦利品記念碑が建っているが、上の戦利品がないようだ。おそらく砲弾だったのだろう。

國中神社

拝殿の右、記念碑とは対をなすように招魂社が建っている。

國中神社

右手の斜面に文化財の石造層塔がある。

國中神社

四層の石塔で、もとは中津山と国中の境界線にあり、明治にここへ移転されたという。旧地付近に2、3枚分の笠が散乱していることから七重または九重だったと考えられている。

國中神社
福井県越前市中津山町1-23

越前丹生 越知神社

越知神社

越前町と福井市にまたがって聳える越知山に鎮座する越知神社。御祭神は伊邪那岐大神、伊邪那美大神、火産霊神、大山祇神。延喜式丹生郡大山御板神社の論社。

泰澄大師によって開かれ、越知山三所権現を祀っていた。里宮が麓の大谷寺に隣接してある。

越知神社

越知山山頂へは車で近くまで行けるようだが、初めての越知山は泰澄も通ったという小口登山口から始める。

越知神社

越知山修行道コース約2.5時間。

越知神社

今回は越前町が発行したパンフレットや、今年泰澄・白山開山1300年で作成された越前五山案内を参考に登る。

越知神社

7時過ぎにスタートする。

越知神社

夏の低山は蚊が多い。払いながら10分ほどで1合目。

越知神社

さらに10分ほどで2合目。本道はハシゴを登って右手の丘を上るが、藪が深そうなので左手の車道をまわり道する。

越知神社

舗装はすぐ終わり、下草の伸びた道が続き、右手の登りに入る。

越知神社

2合目から10分ほどで3合目

越知神社

左手に「泰澄大師修行地 明日の岩屋」の案内板。しかし、周辺を見渡してもどこかわからない。登山道は尾根だし、右は切れているので、左の斜面のどこかかと思い、斜めに藪を進む。

越知神社

藪と崩れる斜面と格闘しながら5分。目の前に大岩が見えてきた。横に穴らしきものも見える。

越知神社

前に回り込むと間違いなかった。今は斜面には木々も大きくなっているので朝日も見えないだろうな。
この場所は夏に来る場所ではなかった。

越知神社

元に戻るのも嫌だったので急な斜面を直登して登山道に戻り、15分ほどで4合目。

越知神社

10分ほどで5合目

越知神社

途中木の実谷との分岐。帰りに寄ってみることにする。

越知神社

5合目から10分ほどで地蔵堂休憩所

越知神社

分岐を左に下ると独鈷水。泰澄大師が独鈷で岩を突き刺すと水が湧き出たという伝説があり、岩間から水が湧き出ている。湧水の横に頭部の欠けている不動明王石像が祀られている。

越知神社

地蔵堂から5分ほどで6合目

越知神社

さらに10分ほどで7合目。

越知神社

このあたりから参道脇に石仏が見られるようになる。

越知神社

参道沿いの美しいブナ林を抜けてゆく。10分ほどで8合目。

越知神社

さらに10分ほどで9合目。

越知神社

階段をのぼると分岐で、左に進むと別山、右に進むと越知神社となる。

越知神社

先に別山に登り、別山神社に参る。御祭神は天忍穂耳尊で、かつての越知山三所権現の聖観音を祀っていた。
別山は標高616.5mで越知山山頂よりも高い。

越知神社

別山神社の前には白山妙理大権現、日吉山王七社権現、竹生嶋辨財天、天照皇太神、日野山大権現など別山碑と呼ばれる石碑が集められている。

越知神社

越知神社に参る。明治43年に二ツ屋の宮谷神社を合祀した。

越知神社

拝殿に越知山大権現の扁額が掛かる。見にくいが下に御詠歌らしきものが書かれている。

越知神社

後ろに単独で本殿が建っている。

越知神社

室堂に建つ日宮神社と社務所。

越知神社

日宮神社はかつて護摩堂と呼ばれ、今も不動明王を祀る。

越知神社

室堂には御神木である栃の大木がある。

越知神社

室堂から尾根を北に向かう。

越知神社

泰澄大師坐像を祀る大師堂

越知神社

お堂の周囲には石仏がたくさん集まっている。

越知神社

続く千体地蔵堂には

越知神社

たくさんの地蔵が並んでいる。

越知神社

神宝庫のあるピークは610.8m。観世音菩薩を祀り、泰澄大師開闢の霊所という。右に縁結びの松のようだが枯れている。

越知神社

越知山山頂の奥の院。御祭神は大己貴神。

越知神社

標高612.8mの10合目。10時に到着

越知神社

伝・臥行者の旧跡。泰澄の弟子であった小沙弥の行場という。

越知神社

ここから晴れていれば白山を望めるのだが、残念ながら雲の中。

越知神社

室堂に戻って殿池。車でこの少し下まで来ることができる。
織田信長公が池に落馬し、馬の鞍が池の中に落ちているという伝説から名が付いたという。

越知神社

その畔にあるのは若返りの御膳水の井戸。

越知神社

御朱印はないと思って御朱印帳を持って来なかったが、社務所の神職に尋ねるとあるというので書き置きでいただいた。聞いたところによると、雪期は里宮にいるが、雪のない3月~11月の日中は毎日来ているという。

40分ほど戻って木の実谷コースを下ることにする。

越知神社

少し下って後悔した。ほとんど人が入らないのか深い藪で登山道がわからない。
川に沿ってなんとか15分進むと、かまが谷ノ滝

越知神社

滝ってどこ?と思ったが水音はする。

越知神社

さらに15分、お題目岩

越知神社

登ってくる面に「南無妙法蓮華経」と彫られている。木の実(芽)谷は江戸時代には多くの参詣者が行き交い、道中安全祈願や休憩所になっていたというが、今は人気が全くない。

越知神社

さらに下って1合目まで15分、かなん滝

越知神社

周囲を見渡すと遠くに滝が見えたが、さらに藪が深く近くまで行くのは断念した。

越知神社

12時過ぎ登山口に到着。25分車道を歩いて駐車場に戻る。

越知神社
福井県丹生郡越前町大谷寺(越知山)

越前勝山 平泉寺白山神社⑤ 白山平泉寺開山1300年記念祭

平泉寺白山神社

勝山市に鎮座する平泉寺白山神社。御祭神は伊奘冊尊、天忍穂耳尊、大己貴尊。

平泉寺白山神社

今日を中日に3日間境内で食と音楽の祭典が開催されるので、駐車場は勝山城博物館か、越前大仏になるが、シャトルバスが越前大仏が多く、勝山城博物館は1時間後と言われたが、こちらのほうが近いので歩いて向かうことにする。
白山中居神社を出てここへ到着するまで大雨の地域もあったが、運良く晴れ間に当たったようだ。

平泉寺白山神社

かつての平泉寺参道を歩いて行く。

平泉寺白山神社

途中大きな石が道の両脇にある。手前が牛石、奥が馬石。

平泉寺白山神社

20分ほどでまほろばに到着する。
企画展「白山山頂への祈り」:7月1日~8月24日

平泉寺白山神社

入口の駐車場には白山に関係する自治体や飲食のテントが並んでいた。

平泉寺白山神社

天候が良くないが、人出はまずまずのようだった。

平泉寺白山神社

記念イベントとして宝物館が特別公開されていたので、初めて中を鑑賞させていただいた。
宝物館特別公開:7月15日~8月21日

平泉寺白山神社

二の鳥居をくぐり、左手に境内社がいくつか並ぶ。

平泉寺白山神社

今日は境内社も扉が開かれていた。初めてだったが、中にはいまでも御神像や仏像が祀られていた。

平泉寺白山神社

拝殿の扉も少し開いていて、中に多くの絵馬が掛かっていたが、暗くてよく見えなかった。

平泉寺白山神社

本社など3社に参る。

平泉寺白山神社

平泉の名の由来となった御手洗池の鳥居前には、記念年に合わせて白い石が敷き詰められていた。

平泉寺白山神社

かつては塔頭のひとつであった社務所で御朱印をいただく。
いつまでの授与か不明だが「白山開山一三〇〇年」の印がひとつ増えていた。

平泉寺白山神社

今日は辻観音堂でも特別公開があった。
辻観音堂特別公開:7月15日・16日

平泉寺白山神社

地元の方が留守番をしていたが、撮影してもよいと言われ、聖観音菩薩立像を撮らせていただいた。

平泉寺白山神社

両脇には西国三十三観音石像が祀られている。

平泉寺白山神社
福井県勝山市平泉寺町平泉寺

越前永平寺 明神社

明神社

永平寺町に鎮座する明神社。御祭神は天照皇大神。延喜式坂井郡意加美神社の論社と言われる。

明神社

丘陵の中腹に鎮座する。入口右手に宮司宅が建つ。今日は留守だったので御朱印は確認していない。

明神社

明治後年までは麓のえちぜん鉄道の松岡駅あたりに鎮座していたという。

明神社

階段を上がると広い境内。替地で遷座した場所ゆえに広々としているのかもしれない。
藩政期には毘沙門堂、明治期は神明社と呼ばれ、遷座の折、元々当地に祀られていた七面山明神堂から明神社と改称した。
本殿に秋葉社、菅原社、庚申社、白山社を合祀する。

明神社

鳥居をくぐり左手に境内社が二社。右が河濯神社(瀬織津比売神)、左が稲荷神社(豊受神)。

明神社

拝殿前には御神木のツガ

明神社

拝殿に参る。

明神社

幣殿と本殿はトタンの覆屋の中に収められている。

明神社
福井県吉田郡永平寺町松岡椚57-12

越前坂井 神明神社

神明神社

坂井市に鎮座する神明神社。御祭神は天照大御神。延喜式坂井郡家津神社の論社。

神明神社

社前の道路は玉垣に沿っているので、開発で参道がなくなったのか?

神明神社

玉垣に沿って旗立と社号標が建つ。鳥居の先に社殿が建つ。

神明神社

拝殿の前に大きな木はクスノキか

神明神社

拝殿に参る。

神明神社

境内の左方隅に境内社が一社。越前ではよく見る石祠

神明神社

境内にはユリが植えられた花壇がある。

神明神社
福井県坂井市春江町布施田新2-31

越前福井 春日神社

春日神社

福井市に鎮座する春日神社。御祭神は天津兒屋根命、比賣神、武甕槌命、經津主命。延喜式坂井郡石田神社の論社。

春日神社

集落の中に旗立が建つ。新しいと思ったが、横の奉納碑にのぼりポール、手水鉢、鳥居3点を平成十四年に新調したとある。

春日神社

しかしポールの先をまっすぐに行っても行き止まり。途中左に曲がって民家の隙間を山へと進む。

春日神社

階段の先に社殿が見える。

春日神社

新調された鳥居と手水鉢

春日神社

拝殿に参る。

春日神社

拝殿は後方に少し飛び出して本殿が収められているようだ。社殿の裏は塗り壁になっている。

春日神社
福井県福井市石畠町3-7

越前丹生 熊野神社

熊野神社

福井市に鎮座する熊野神社。御祭神は神武天皇、神仏分離以前は熊野大権現を祀っていた。

熊野神社

海岸沿いの道路から社叢が見えたので、あぜ道を行ったが行き止まりだった。

熊野神社

海岸沿いの集落へ下りる道の途中から社叢を一望できる。

熊野神社

真宗大谷派勝明寺の境内を通り、神社へ向かう。

熊野神社

階段を上る。

熊野神社

角に社号標が建つ。

熊野神社

鳥居の先に社殿が見える。

熊野神社

拝殿に参る。

熊野神社

拝殿右に境内社が一社。石祠の中に鏡と木製のお堂のようなものが見える。

熊野神社

さらに右に鳥居と狛犬一対、拝所がある。

熊野神社

そこから見えるのは沖に浮かぶ亀島。

熊野神社

島には鳥居が建てられ、おそらくこれが亀島神社だろう。延喜式坂井郡絲前神社の論社。

熊野神社
福井県福井市松蔭町2-1

越前坂井 舟津春日神社

舟津春日神社

あわら市に鎮座する春日神社。御祭神は天児屋根尊、家津大神。延喜式坂井郡家津神社の論社。

舟津春日神社

神社は中腹に鎮座し、山麓の入口斜面に社号標が建つ。

舟津春日神社

少し上ると旗立と階段

舟津春日神社

階段を上ると鳥居と社号標

舟津春日神社

振り返ると、麓に広がるあわら温泉街が見える。

舟津春日神社

拝殿に参る。

舟津春日神社

紅葉に猪鹿というお洒落な彫刻のある拝殿扁額。内閣総理大臣岡田啓介氏の揮毫による。

舟津春日神社

神社の後方と左方には無数の太陽パネルが並んでいる。時代の流れとは言え、社叢に隣接したこの光景に問題はないのか。

舟津春日神社

本殿左に薬師神社、御祭神は少彦名那命。玉垣にも書かれているが、かつては薬師如来を祀っていた。

舟津春日神社

社殿には彫刻が施されている。傘を逆さに波に乗る仙人だろうか。

舟津春日神社

本殿右に白山神社、御祭神は伊弉册尊。かつては十一面観世音を祀っていた社で、西垣内より遷座した。

舟津春日神社

白山神社の右手に神輿堂

舟津春日神社
福井県あわら市舟津13-2

越前大野 篠座神社 御鎮座千三百年奉祝大祭

篠座神社

大野市に鎮座する篠座神社。御祭神は大己貴大神を主祭神とする。

篠座神社

白山開山1300年を迎えた今年、同じく鎮座1300年を迎え、御鎮座千三百年奉祝大祭が行われている。3日目のしのくら芸能まつりを見に来た。

篠座神社

篠座神社では亥年に式年大祭を行っており、昭和58年に奉納された大幟が立てられている。

篠座神社

参道に赤じゅうたんがひかれ、準備が整っている。

篠座神社

まずは拝殿に参る。

篠座神社

千三百年奉祝大祭に向けて今年3月に境内社の秋生神社と若生子神社、兼務社1社が本殿に合祀され、幣殿が改築されました。

篠座神社

待ち時間に境内に作られた仮授与所で、忙しくなる前に御朱印をいただく。

篠座神社

しのくら芸能まつりが始まった。
最初は葛原太鼓踊り。篠座神社から分霊した篠座神社のある岐阜県山県市葛原からやって来ました。御本社での奉納は55年ぶりだとか。

篠座神社

雨乞い踊り。毎年4年生が3年生に代々教えて続いているとか。

篠座神社

扇踊り。境内での奉納は30年ぶりだとか。

篠座神社

平家踊り

篠座神社

西谷もじり。自分で踊りやすく袖を丸く仕立て直すのだそう。

篠座神社

三味線藤本流秀東紀会

篠座神社

蕨生里神楽

篠座神社

木本領家里神楽。里神楽は他に篠座里神楽、稲郷里神楽(2日目に奉納)があるそうだが、いずれも内容は同じという。しかし、神楽自体はどれも特徴的で違いがあり、演じている方も見ている方も楽しいものであった。

篠座神社

最後にもう一度参拝して帰途につく。

篠座神社
福井県大野市篠座42−5

越前坂井 春日神社

春日神社

あわら市に鎮座する春日神社。御祭神は天児屋根命。延喜式坂井郡保曾呂伎神社の論社。

春日神社

入口は東の集落側で道は狭い。

春日神社

急な階段を上って境内に入る。入口に鳥居と社号標。「指定村社 式内 春日神社」と書かれている。

春日神社

鳥居には扁額がないが直接「春日大明神」と書かれている。貞享五年の銘がある。

春日神社

鳥居をくぐると右に折れ、東向きに社殿は鎮座する。

春日神社

拝殿に参る。

春日神社

それにしても注連縄が短い。

春日神社

拝殿左に注連縄をされた大岩があり、背後に境内社が一社。

春日神社

境内にはかつて義賢仙人が乳の出の少ない婦女のために祈願して湧出したものと伝えられる「神乳水池」があったといい、拝殿右に井戸が作られ祀られている。

春日神社

下から見上げたときにも朱色の鳥居が見えて気になったが、拝殿右をさらに上った平地に稲荷社が祀られている。

春日神社

小さな石祠で、屋根が前に落ちていた。左に不動明神の石造が奉安されている。

春日神社

稲荷社の前からは細呂木の集落が見える。

春日神社
福井県あわら市細呂木22-7

越前坂井 八幡神社

八幡神社

坂井市に鎮座する八幡神社。御祭神は品陀和気命を主祭神とする。延喜式坂井郡布久漏神社の論社。

八幡神社

社殿は西向き。境内に植えられた桜が満開で美しい。春祭りが近いのか大きな幟も立っている。

八幡神社

鳥居の右に社号標、左に「式内 布久漏神社」(昭和三十五年奉納)の石碑が立っている。

八幡神社

境内に入って右にかつて土俵だったような高まりが残っている。

八幡神社

拝殿に参る。

八幡神社

拝殿に掛かる扁額は「八幡宮」、福井市出身の政治家加藤寛治の謹書によるもの。

八幡神社

拝殿左に立つ旗は「布久漏神社」。氏子にも式内社であることが知られているようだ。

八幡神社

本殿左に入るのは石造六重層塔。前の燈籠は宝暦七年の銘がある。

八幡神社

笏谷石で作られ、本来は九層あったと考えられている鎌倉期の石塔。軸部正面には仏像、他三面には梵字が書かれている。

八幡神社
福井県坂井市春江町針原23-19

越前鯖江 白山神社

白山神社

鯖江市に鎮座する白山神社。御祭神は伊弉册尊を主祭神とし、磐長姫命、天御中主命を合祀する。延喜式丹生郡長岡神社の論社。

白山神社

社殿は南向き。境内入口に鳥居と「村社 白山神社」と書かれた社号の石碑。

白山神社

参道を進み、階段の両側に一際高い杉の木が立っている。

白山神社

参道途中の二の鳥居

白山神社

扁額はないが、鳥居に直接「白山権現」と書かれている。

白山神社

社殿はコンクリート造り。宝物殿のようだ。前に燈籠と狛犬が対で置かれている。

白山神社

今日は境内左の桜が満開できれいだった。

白山神社
福井県鯖江市米岡町1-18

越前鯖江 石田神社

石田神社

鯖江市に鎮座する石田神社。御祭神は大日孁貴尊を主祭神とし、誉田別尊、大己貴命、少彦名命、鵜鵜葺不合尊を配祀する。延喜式坂井郡の論社。

石田神社

社前に通るまっすぐの道路の先に鳥居が見えた。木製の一の鳥居。道路の両側は住宅や店が建っているが、かつては参道だったのだろう。

石田神社

交差点まで来ると「郷社 石田神社」の社号標と大燈籠が建っている。

石田神社

境内入口の鳥居の両側に幟立が立っている。鳥居には享保の銘が入っているが年が読み取れない。

石田神社

鳥居の扁額は旧社号「八幡宮」のまま。参道は途中やや左に曲がっている。

石田神社

拝殿に参る。

石田神社

入口にも扁額は掛かっているが、拝殿内を覗くと中の扁額は東郷平八郎謹書だった。

石田神社

参道の左方に少し盛り上がった場所があり、かつては土俵だったくらいの大きさ

石田神社

本殿は弊殿に続く覆屋の中

石田神社

本殿の左右に石祠が建っている。祠前の燈籠は元禄十六年の銘があった。

石田神社

拝殿右に境内社の稲荷神社が建っている。

石田神社
福井県鯖江市石田上町44-1

越前武生 鵜甘神社

鵜甘神社

越前市に鎮座する鵜甘神社。御祭神は應神天皇を主祭神とし、神功皇后、武内宿禰、火産巣日神を配祀する。延喜式今立郡の論社。

鵜甘神社

集落の入口に幟立が立っている。道路に沿って西方向に鳥居と、山麓にも鳥居が見える。

鵜甘神社

1本集落内に道路を進むと一の鳥居が立つ。横に「式内 鵜甘神社」の社号標。

鵜甘神社

さらに山の方へ進むと境内入口に二の鳥居が建つ。

鵜甘神社

社殿前に階段、入口に狛犬が奉斎される。両側には背の高い杉の木。ちょっと左右の均衡が取れていない。

鵜甘神社

階段途中に建つ燈籠には文化十二年の銘がある。

鵜甘神社

社殿・境内改修は平成十二年というが、拝殿を囲むパイプもその結果なのか。

鵜甘神社

拝殿に参る。拝殿前の扁額は福井市出身の政治家岡田啓介の揮毫

鵜甘神社

拝殿内にも扁額が掛かっている。

鵜甘神社

本殿は弊殿でつながる覆屋の中にある。

鵜甘神社

本殿左に住吉神社。

鵜甘神社

右に社務所が建つ。

鵜甘神社
福井県越前市片屋町9-2

越前武生 神明神社

神明神社

越前市に鎮座する神明神社。御祭神は天照皇太御神。延喜式丹生郡大山御板神社の論社。

神明神社

車通りも多い交差点の南東角に南向きに鎮座する。1本植えられた桜が満開になっていた。

神明神社

拝殿前に狛犬。拝殿に参る。

神明神社

拝殿の後方に本殿が建つ。

神明神社

明治41年に楠町の伏拝神社と合併し、昭和の末に上総社に一端合祀された河野町菅谷の神社を分祀したという。

神明神社

拝殿左にころり観音堂が建つ。

神明神社

中には一体の観音の石仏と二体の地蔵の石仏が祀られていた。

神明神社

野ざらしの観音様を村の神社の前で祀ったのが始まりという。

神明神社
福井県越前市三ツ口町122