舞鶴市に鎮座する朝代神社。御祭神は朝代大神(伊弉諾尊)。旧田辺城下町の産土神。
愛宕山山麓にあり、東の田辺城に向かって建つ。
入口に石鳥居と朱色の鳥居、「府社 朝代神社」の社号標が建つ。
鳥居をくぐり左に緩やかに上る。
右に曲がり階段を上ると社殿が建っている。
曲がり角正面に社らしきものが見えたので参る。
出世稲荷神社と
鎮守堂と粟嶋堂
朝代神社の末社かと思ったが、隣の境内で円隆寺の鎮守であった。
円隆寺は奈良時代に行基が開創したという縁起が残る。
戻って階段を上る。
参道左に手水舎、横に末社秋葉神社
右に2つの建物と神馬舎が建つ。
拝殿に参る。
拝殿を右にまわりこむと、社殿後方に末社群。
田辺城内に鎮座していたという奥姫稲荷神社、工匠神社、多賀神社(大国神社の間違いか?)・恵比須神社の合殿、須賀神社、稲荷神社、疫神社・多賀神社など5社合殿。
一番左に天満宮が鎮座する。
檜皮葺きの本殿。
下の社務所(朝代会館)で御朱印をいただく。
会館前の駐車場に末社鹽竈神社
朝代神社
京都府舞鶴市朝代13
舞鶴市に鎮座する笶原神社。御祭神は天照大神、豊受大神、月夜見神。
延喜式加佐郡笶原神社の論社のひとつ。
今はあまり広くない境内だが、一度廃絶したことに関係しているらしい。
神社名は「笑(え)」ではなく「笶(や)」である。地元の人ですら「えばら」とか「えみはら」と呼ぶようだが、正確には「やはら」であり、もっと古くは「やぶ」と呼んだようだ。
鳥居の扁額は清仁親王書を写したものと伝えられ、「総社笶原魚井匏宮」と書かれており、「そうじゃやはらまないよさぐう」と呼ぶ。「よさぐう」という名からピンとする方もいるかもしれないが、豊受大神の加佐郡の元伊勢候補地のひとつである。丹後一宮籠神社より古い鎮座地とする説もある。
境内に入り左手に手水舎かと思いきや注連縄が張られ囲われて入れない。ここが真名井の清水で祭礼時には囲いが解体され祭祀対象となる場所になる。
拝殿と右に境内社
拝石がある。
中をのぞくと普段から管理が行き届いている様子が見られる。
本殿は裏山の中腹にあるということだが管理が難しくなり、御神体は拝殿に降ろされているという。
拝殿に参る。
境内社は稲荷社が2社。左が加納稲荷神社、右が茄子比金禄稲荷神社
上に向かう階段があったので行ってみる。
忠魂碑が建っていた。本殿は忠魂碑の後方さらに上ったところにあるらしい。
田辺城の城下町を見守る地に鎮座した社である。
笶原神社
京都府舞鶴市紺屋町29
亀岡市に鎮座する出雲大神宮。
今日は晴れていたことや、七五三、紅葉と重なり、コロナ禍とはいえ全国各地から大勢の参拝に来ていました。
参道脇には落ち葉で模様が描かれていました。
境内の紅葉は盛りでした。
本殿に参り、行列の授与所で御朱印をいただきました。
2月の参拝時にはまだ直書きしていましたが、現在書き置きになっていた。
出雲大神宮
京都府亀岡市千歳町出雲無番地
39歳を目前にして御朱印デビュー! 日本全国の神社の御朱印や参拝記録