田辺市に鎮座する熊野本宮大社の旧社地である大斎原。熊野川の中洲にあったため、川の氾濫で流されてしまった。
平成30年の御創建千二百五十年を記念し御朱印(書き置き)が追加され、熊野本宮大社の授与所でいただける。
熊野本宮大社の鳥居前の道路向かいに入口がある。
田んぼの中を参道が延びる。
鳥居内に入ると、「世界遺産 紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として、熊野本宮大社と旧社地大斎原の石碑が建つ。
今日の熊野川は濁っていた。
熊野世界遺産センターではかつての大斎原の模型が展示されている。
一度夕食を食べるために離れて、19時前に戻ってきた。
かなり薄暗くなってライトアップされた大鳥居が見えた。
御創建千二百五十年を記念した行事だが、GW中とはいえ人もほとんどいない。周りの店舗が閉まっている中では無理もないか。
ライトアップされた大鳥居と月が水を張った田んぼに映り美しい。
暗い中の撮影ではピンボケする写真も多いので、40分くらい何十枚と撮影し宿へ向かった。
熊野本宮大社旧社地 大斎原
和歌山県田辺市本宮町本宮
田辺市に鎮座する産田社。熊野本宮大社の末社で平成30年の御創建千二百五十年を記念して御朱印(書き置き)が追加された。御朱印は熊野本宮大社の授与所でいただける。
大斎原へ向かう途中分かれ道
田の向こうに大斎原の大鳥居が建つ。
社号標は道に向かって建ち、90度曲がって南向きに鳥居が建つ。
鳥居の先の岩の上に石祠が建つ。
産田社に参る。
熊野本宮大社末社 産田社
和歌山県田辺市本宮町本宮
田辺市に鎮座する熊野本宮大社。御祭神は家都美御子大神、素戔嗚尊を主祭神とする。
平成30年は御創建二千五十年の記念年で金字の特別御朱印(書き置き)が授与される。
GW中ということで、臨時駐車場で河原には車がたくさん停まっている。
6年ぶり2回目の参拝
鳥居をくぐると参道の先に階段が続く。
神門をくぐって3つの社殿に参拝する。
今回は宝物殿に入り、宝物を鑑賞した。
御創建千二百五十年記念特別拝観で、普段は見られない名品も見ることができた。
本殿正面は写真禁止だったので背後から
その背後の参道を進むと、境外に出て数10メートルのところに
中辺路最後の王子社である祓殿王子跡がある。
裏参道口の鳥居
入口付近にカフェと土産店を併設した建物ができていた。
大斎原などを散策し、17時過ぎ社前の神旗が降ろされた。
今日は大鳥居のライトアップを見るため周辺で夕食の予定だったが、17時にほぼすべての店舗が閉店した。神社は19時まで参拝できるようだが、授与所やカフェなどが閉まった中、参拝する人はほとんどいない。
熊野本宮大社
和歌山県田辺市本宮町本宮
海神社が大斎原に遷座する前の旧鎮座地は大斎原から七越峯に至る途中だったという。
七越峯の底海社を延喜式牟婁郡海神社の論社と伝え、牟婁郡天手力男神社である御戸開神社の旧地でもあった。
案内板に「(伝)海神社跡」とあるが、地図が大まかで距離感が掴めない。
七越峯入口という坂を上る。
5分ほど行くと、大峯奥駈道案内図が建っているがここには何も書かれていない。
案内図は奥駈道の途中で、西に進むと大斎原に至る。
峠まで少し登ってプチ奥駈道体験してみたが、それらしい場所はなかった。
下って入口から上ってすぐの斜面に幾段かの平場がある。
奥の石積みは小石を積み古そうで、ここを旧地としている記事もあるのだが整地は新しいようだ。
また奥駈道案内板に戻り、さらに少し上ると奥駈道の続きが始まる。
間が現在は舗装された道路になっているのだが、間の斜面に不自然な石が残る場所があった。
小石で四角に囲んだように見える場所もある。
斜面側に平たい石や平石を積んで丸石を乗せた信仰遺跡に近い遺物もあった。
場所は奥に奥駈道の続き、同じ道路左側の手前になる。
ここなら大斎原から奥駈道初めの峠を越え、下ってまた上り始める道沿いになるので底海社という社名にもふさわしいのではないだろうか。
海神社旧地
和歌山県田辺市本宮町
熊野市に鎮座する産田神社。御祭神は伊弉冉尊、軻遇突智神。
花窟神社の兼務社で御朱印も花窟神社でいただける。花の窟が伊弉冉尊の御陵と伝えるのに対し、産田神社は伊弉冉尊が軻遇突智神を産んだために亡くなった場所と伝える。
神社境内の西を流れる産田川に朱色の橋が架かる。
南向きの境内入口に鳥居と御神木が立つ。
ここは「さんま寿し発祥の地」らしい。
杉の木立の中を参道がまっすぐ社殿へと続く。
この建物は拝殿ではなく社務所のようだ。
通り抜けると御白石を敷き詰められた拝所の先に玉垣に囲まれた本殿が建つ。
神社には社殿が建つ前、神籬(ひもろぎ)という祭祀台を神の依代とした場所が残っているという。
社殿の左右に2カ所あるというが、御白石は下足では上がれないので、靴を脱いで上がらせていただく。
本殿左の神籬は5つの丸石を取り囲む様子がそのまま残る。
本殿右の神籬は5つの丸石は残るが、取り囲む石は育った木で一部崩れている。
御白石に上がらなくとも、境内東を通る道路から覗くことはできる。
参道の途中、西に朱色の鳥居が立ち並び、
境内社の稲荷神社が建つ。
社叢は原生林の雰囲気も一部残っていて、稲荷神社の背後にも大木が立つ。
木の根元に石祠があり、白蛇が祀られている。西に川が流れることもあり、白蛇竜神だろうか。
産田神社
三重県熊野市有馬町1814
三重県熊野市に鎮座する花窟神社。御祭神は伊弉冉尊、軻遇突智神。
社号はホームページや御朱印では「花窟神社」、社号標は「花の窟神社」、社頭由緒は「花乃窟神社」となっていて、読みの「の」の扱い方が不定のようだ。
6年ぶりの社頭は明るい。前回の参拝は冬の夕暮れ時だった。
観光スポットとしての人気もかなり上がってきたようで、参拝者も多い。
前回は閉まっていた社務所も開いていた。
門をくぐって拝所に入る。
社殿はなく、巨大な磐座が御神体となっている。
上部に渡る綱は2月と10月に1本ずつ掛けかけられる。
前の拝所で参る。
伊弉冉尊の前に軻遇突智神の拝所と御神体の磐座がある。
参拝後に社務所で御朱印をいただく。前回は手書きだった墨書きが判になっていて味気なくなった。
ゴールデンウィークで繁忙ということより、参拝者が増えたことが要因だろうか。
花窟神社
三重県熊野市有馬町上地130
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