朝日町に鎮座する鹿嶋神社。御祭神は健甕槌命。
前回の参拝ではご不在だった社務所に宮司がいらしたので、御朱印をいただきました。
何度見ても立派な彫刻です。
次回は本殿への参拝と宮崎城跡を攻城しましょう。
鹿嶋神社
富山県下新川郡朝日町宮崎1484
朝日町に鎮座する鹿嶋神社。御祭神は健甕槌命。
前回の参拝ではご不在だった社務所に宮司がいらしたので、御朱印をいただきました。
何度見ても立派な彫刻です。
次回は本殿への参拝と宮崎城跡を攻城しましょう。
鹿嶋神社
富山県下新川郡朝日町宮崎1484
糸魚川の奴奈川神社。主祭神は奴奈川比売命、配祀として大日霊尊、八千矛命。
延喜式内社の奴奈川神社の論社のひとつ。
社殿は南向き。
境内は広く、公園となっている部分もある。
拝殿に詣る。
弊殿を通って本殿が見える。
拝殿の西側に複数の石祠が並ぶ。
本殿裏にも石碑が並び、合祀殿風もある。本殿裏の東西に石が立っている。
本殿東側にも石祠がある。
注連縄を掛けられた神域に大きい石がある。かつての磐座なのか。
境内社として天満宮が鎮座する。
奴奈川神社
新潟県糸魚川市田伏569
糸魚川の大神社。御祭神は高皇産靈尊、大己貴命、少彦名命。延喜式内社の大神社の論社のひとつ。
室町時代作といわれる男神・女神坐像一対が伝わり、管相公(男神)と吉祥女(女神)の御神像といわれ、菅原道真公、吉祥女が配祀されている。
小山に神社は鎮座する。
階段を上る。
階段の途中に3つの石祠が祀られている。
階段を上がると社務所兼自宅があるが、留守だったので御朱印の有無は不明。
さらに進むと神社正面の鳥居をくぐって境内に入る。
拝殿に詣る。
社務所に近い鳥居は上部が直線ではなく、少し反り上がっている。
大神社
新潟県糸魚川市平1345
糸魚川能生の白山神社。御祭神は奴奈川姫命、伊佐奈岐命、大己貴命。
古代奴奈川族の首長、奴奈川姫を祀って産土神としたのが始まりといわれており、かつては権現岳にあったという。
延喜式内社の奴奈川神社の論社のひとつで、白山信仰の布教拠点として神仏習合した際に白山権現と改称された。
平安後期の木像聖観音立像が伝わり、越後三十三観音霊場を始めるにあたり、まずは白山神社に詣ることがしきたりだったということで、書き置きの御朱印は「聖観音菩薩」となっている。宮司が常駐しておらず、総代さんがこれだと言われていましたが、神社名の墨書きも本務社のほうではしているようです。
鳥居をくぐり、階段を上ります。
境内に入ると左手に社務所、奥に檜皮葺の拝殿が建つ。
拝殿右手に御旅所がある。拝殿後方の山が尾山で、旧社殿は山中にあった。
拝殿に詣る。
後方の本殿は国重量文化財。
本殿横には神仏習合時代の石祠が複数ある。
境内には旧講堂だった建物が、境内社の秋葉神社となっている。
能生白山神社
新潟県糸魚川市大字能生7238
糸魚川の藤崎神社。御祭神は大己貴命、天照皇大神、豊受大神、品陀別命。合祀なのでもとの主祭神は不明。
江戸時代に「大社神社」と称し、頸城郡の延喜式内社の大神社の論社であるが大社という名称からと思われる。地元では式内社とは称していないようだ。
田と畑の広がる丘陵の中に鎮座する。
田んぼの先に日本海が広がる。
短い階段を上り、畑の横の参道を進む。
鳥居をくぐると、参道は急角度にUターンして拝殿に至る。
参道が付け替えられたのか、社殿の向きが変わったのか、ちょっと不可思議な位置関係です。
杜に囲まれた社殿は昼間でも薄暗く、小さな虫も飛んでいるのでお詣りして早々に帰ります。
藤崎神社
新潟県糸魚川市藤崎2124
糸魚川の水嶋磯部神社。御祭神は健御名方命、天照皇大神、豊受大神、奇日方命、船玉神。
江戸時代は諏訪大明神と呼ばれていたそうで、健御名方命が主祭神というところか。
神社は高台に東向きに建っている。
頸城郡の延喜式内社の論社。
拝殿に入る。この辺りの記名奉納額は写真入りで、たくさん並んでいた。
本殿後ろには彫刻入り板塀が左右に3枚ずつ奉納されていた。
境内からは眼下に筒石漁港が見える。海岸沿いに国道8号線が通り、神社のある台地まで一気に標高が上がる。
海に向けて境内社が建っている。
中の石祠の横に恵比寿らしい像があるので、事代主命か蛭子命か。
神社の背後には南向きに観音堂が建っている。神仏習合の名残なんだろう。
水嶋磯部神社
新潟県糸魚川市筒石463
上越市名立の江野神社。旧県社で延喜式内社の論社。
御祭神は、建御名方命、事代主命、大己貴命、素佐能男命、稻田比賣命、屋主忍男武雄心命、影姫命、武内宿禰命と多いが、明治の神社整理による合祀の影響のようだ。
(御朱印はあったようだが、あらかじめ連絡が必要なようだ。)
入口の社号石碑があり、後方の小山に鎮座する。
一端西に上って、鳥居をくぐり東から南へ折れて社殿に至る。
社務所前に手水舎、その横に境内社として稲荷社がある。
拝殿は銅板葺きで新しく感じたのだが、後で調べてみると数年前までは茅葺きだったようだ。
彫刻は珍しいもの。布袋と恵比寿だろうか。
木鼻の彫刻は鯛と海老で、こちらも珍しいが日本海が近いので豊漁祈願の意味があるようだ。
拝殿の中で詣る。
入口鳥居の参道とは反対方角にも境内社が建っている。
鳥居前には「琴平神社」の石碑があるが、社殿に入ると「秋葉神社」の扁額がかかっていた。
とすると、山の斜面にあるこの石祠が琴平神社なのか?
江野神社
新潟県上越市名立区名立大町字明神山1335
上越市名立の山中に鎮座する圓田神社。御祭神は道臣命、大己貴命、少彦名命。
頸城郡の延喜式内社の論社。
日本海沿いの8号線から南に5キロ、どんどん山の中に入っていくが、集落に入ってまた山を上る。
上りの途中に正面参道の階段があるが、車を停める場所もないので、もう少し上って背後に回る。
社殿は高い木々に囲まれていて麓からは全く見えない。
鳥居をくぐって境内に拝殿が建つ。平坦地はそれほど広くはない。
拝殿は開いたので、中で詣る。
壁には全国各地の絵馬がかかっていた。地元の方が奉納したものでしょうか。
境内には石祠が1社あったが詳細は不明。
大木は御神木の役割と同時に、社殿を守っているようだ。
南方には雪をかぶった、たぶん火打岳と新潟焼山が見える。
圓田神社
新潟県上越市名立区丸田字宮ノ下476
上越市の8号線沿いに鎮座する阿比多神社。御祭神は少彦名命、相殿に菅原道真公。
頸城郡延喜式内社の論社で、古くは高志山に鎮座していたという。順徳上皇が佐渡に流罪となったとき、越の長浜は名所であるとして参拝されたと伝わる。その時、北野天神の御神像を当社に納められて以来、菅公を合祀することになった。
長浜天神と称された祭神は少彦名命であったが、天満宮と混同されたという説もある。
8号線沿いに鳥居が建つ。
参道は線路をまたぐ。8号線は交通量が多いので車はこちら側に止めたほうが無難です。
小さな川沿いの道を進んで橋を渡る。
鳥居をくぐると階段を上って社殿に向かう。
社殿に詣る。
拝殿は細かい彫刻があり、正面の龍だけでなく、外壁に鶏、鶴、梅や波が彫られている。
社殿北に境内が並んでいる。山中にあってもきれいにされていた。
[2024/5/24追記]
御朱印ができたということで再拝してきました。
線路をまたぎ参道入口に「谷浜鉄見デッキ」ができていました。後でお聞きしたところによると、御朱印とともに谷浜の名所にと建築したそうです。
この辺りは鉄道がまっすぐに通過するので、デッキの上からいい写真が撮れそうです。
階段を上り拝殿に参る。
前回もそうでしたがきれいに草刈りがされた清浄な境内です。宮司の常駐していない社なので氏子の方々が清掃しているのでしょうけど、最近は少なくなりました。清浄な空気に心も落ち着きます。
令和3年1月から頒布が始まったことを伝える記事が拝殿に貼ってありました。
横に御朱印を頒布しているいそや旅館、坪田旅館、彦治ヱ門の3ヶ所の旅館の地図があります。
坪田旅館で御朱印と阿比多神社の説明書きを何枚もいただきました。
阿比多神社
新潟県上越市長浜904
高田市街に鎮座する直江八幡宮。御祭神は誉田別命、息長帶姫命、玉依姫命。
元は直江津福島に鎮座していたといい、延喜式内社の江野神社の論社となっている。
御朱印は授与していないということだった。
南向きの境内。
印象的な朱色の鳥居をくぐる。
鳥居をくぐってすぐ右手の杉?の木は途中で折れているが、横から見ると元は夫婦杉だったようだ。
拝殿に詣る。
拝殿内には複数の額が掲げられていた。八幡宮額の手前には和算額、奥の本殿手前には「江野神社」の揮毫額が掲げられている。
拝殿前には桶を重ねたものも。水の信仰もあるようだ。
境内には石祠が複数ある。詳細がよくわからないものも多いが、稲荷社が多いようだ。
反対側にも稲荷社。
入口鳥居脇からももうひとつ鳥居をくぐり、稲荷神社が建つ。
拝殿横に庚申堂が連なる。
その横に小ぶりの建物。社務所で尋ねると舞殿ということであった。
直江八幡宮
新潟県上越市東本町4-21
妙高市の斐太神社。御祭神は八千矛神が主祭神、積羽八重事代主神と建御名方命をが相殿に祀られる。八千矛神は大国主命、積羽八重事代主神は事代主命とされている。戦国時代は後方の山上に築かれた鮫ヶ尾城の鬼門鎮守として上杉氏の篤い庇護を受けたという。
旧社格は郷社で、頸城郡の延喜式内社とされる古社でもある。
鳥居をくぐり参道を進むと、杉が両脇に林立する階段を上る。
風格のある拝殿に詣る。
地域の大社だけあって、拝殿には新潟県知事の揮毫額が複数掲げられている。
境内社は階段を上ったところすぐに稲荷社。
拝殿左方に雁田神社と石祠が見える。
雁田神社の御祭神は奉納額からも伊弉諾尊、伊弉冉尊とわかる。
子宝・安産祈願の社のようで、奉納物もそれらしいものがある。
石祠は調べると八幡社のようだが、3つあるので後方の祠はまた違うものかもしれない。
参道脇の社務所兼自宅で御朱印のことを伺いましたが、書く人が不在ということで今日は縁がありませんでした。
斐太神社
新潟県妙高市宮内字屋敷連241