加賀市に鎮座する菅生石部神社。御祭神は菅生石部神。延喜式江沼郡の比定社で、加賀国二の宮。
社殿は南向き。
道路沿いに鳥居が立つ。
階段を上ると神門
神門をくぐり境内に入ると、右手に舞殿。7月の敷地天神講では稚児舞が舞われる。
正面の拝殿に参る。拝殿の右前には御神木が立つ。
拝殿の右を進むと白山社と事比羅社の二社殿。前には牛の像があり、昔は隣に菅原社もあったようだ。
黄色い紙垂が変わっている。夏越の祓をする敷地天神講で黄色に変わり、12月の年越の祓で白色に戻るようだ。
横には本殿を背後から見ることができる。
拝殿の左、渡り廊下の前には敷地稲荷社の社号標と鳥居
下をくぐって本殿の横に鎮座する。
境内末社は春日社、八幡社、白山社、稲荷社、事比羅社、菅原社、藤森社と7社あるというが、多くが見当たらない。
授与所で御朱印をいただく。
例大祭は2月の御願神事、竹割りまつりと呼ばれ、境内で竹を次々を割っていく勇壮さが有名。
能の「敷地物狂」の舞台であり、来月580年の時を経て公演される。
それを記念して加賀市美術館で「菅生石部神社の文化財展」を開催していたので帰りに観覧した。
菅生石部神社
石川県加賀市大聖寺敷地ル乙81
加賀市に鎮座する振橋神社。御祭神は菊理媛神、天照皇大神、大己貴神。
社殿は西向き。境内の背後に動橋川が流れる。
二の鳥居は玉垣に囲まれた境内のなかに立つ。参道は少し左に曲がる。曲がった後の参道が真西を向いているようだ。
二の鳥居の扁額は龍の彫刻が付いている。能美郡や江沼郡の神社でよく見かける。
参道の左、境内の北側は大きく開けており、奇祭ぐず焼きまつりのぐずが最後にここで焼かれる。
神社は昔鬱蒼とした森の中にあり、奥に化けぐずが住むというぐず池と呼ばれる大池があったという。
拝殿に参る。
拝殿後ろの本殿は一段高くなっている。
拝殿左の振橋稲荷神社
振橋稲荷神社社殿は拝殿と横に並ぶ。
拝殿の右には社務所があるが無人。境内で松の剪定をしていた職人に宮司について伺ったところ、自宅は少し離れているので案内してくれるというのでお願いした。自宅で御朱印について尋ねたところ授与されていないということだった。
振橋神社
石川県加賀市動橋町ワ180
小松市に鎮座する葭島神社。御祭神は倉稲魂神、大田神、大宮女神、火結神、宇加神、八坂之神、前田利常と多い。
社殿は東向き。
二の鳥居は朱色。というのも小松城の鎮守で葭島に鎮座していた稲荷大明神を合祀したからだろう。
拝殿に参る。初詣の小松七社めぐりの一社。小松七社は安宅住吉神社、菟橋神社、小松天満宮、須天熊野神社、多太神社、本折日吉神社、葭島神社の七社。
拝殿の中を見ると折上格天井の折上部に絵が描かれている。社号の書は十三代藩主前田斉泰公の筆である。
本殿は土壁の覆屋になっている。
拝殿右に宝物庫のような建物がある。
拝殿左に境内社が一社。様式から神明社か?
境内に社務所があるが無人。掃除中だった隣人に宮司を訪ねたところ、少し先に自宅があるというのでお宅に伺って御朱印をいただく。
葭島神社
石川県小松市大川町2丁目120
小松市に鎮座する小松天満宮。御祭神は菅原道真公、前田利常公。寛永十六年に小松城に隠居していた三代藩主前田利常公が祖神の菅原道真公を祀る社として創建した。小松城の鬼門鎮護のためでもあった。
神社は梯川の北岸にあるが、かつては浮島(輪中)に鎮座していた。
現在梯川の改修工事でかつての姿が甦ることになる。
一の鳥居は東向きに立つ。
鳥居をくぐると筆塚。学問の神らしい。
そこから参道は南へ折れ、神門を通って西へ折れる。
四脚門の朱色の神門
正面には「天満宮」の扁額
後ろには漢詩の額が掛かっている。
全国的にも珍しい十五重の石塔が立つ。石材は金沢の坪野石という黒灰色で硬く、藩政期は藩石として独占された石を使用する。
拝殿に参る。初詣の小松七社めぐりの一社。
帰りに社務所で御朱印をいただく。
小松天満宮
石川県小松市天神町1
39歳を目前にして御朱印デビュー! 日本全国の神社の御朱印や参拝記録