金沢市の奥座敷湯涌温泉に鎮座する湯涌稲荷神社。御祭神は稲荷大神。
薬師堂の裏にあり、元は薬師堂の鎮守だったと思われる。
本殿に参る。
御朱印に自分で押せるように印鑑が用意されている。
当神社が有名になったのは湯涌温泉がモデルのアニメ「花咲くいろは」によってであり、劇中に登場するぼんぼり祭りがこの神社の神事として実際に行われるようになったからである。
体育の日周辺に開催される本祭には、神迎え行列や境内の願い札が玉泉湖でお焚き上げされて盛り上がる。
湯涌稲荷神社
石川県金沢市湯涌町イ145
金沢市に鎮座する上野八幡神社。御祭神は応神天皇。石動山天平寺の空山が天平寺守護神の八幡神を祀ったのが創始という。
社殿は南向き。
鳥居をくぐると芭蕉の句碑が立つ。
拝殿に参る。
拝殿右の社務所兼自宅で御朱印をいただく。社叢は杉が多いが、社務所前の三本の杉は根元がつながって神威を感じる。
上野八幡神社
金沢市小立野2丁目4-1
金沢市に鎮座する猿丸神社。御祭神は猿丸大神。平安時代の三十六歌仙で有名な猿丸太夫が当地に逗留していた旧房の跡に神社があるという。
境内は西向き。境内は樹齢数百年のケヤキなどに覆われている。
階段を上がると鳥居をくぐり拝殿へと向かう。
拝殿に参る。
神社は老杉に鉄釘を打込んで呪詛する丑の刻詣りの所として知られ、拝殿と本殿の間にあったそうだが現在は枯死した。
本殿の右に境内社の稲荷神社、朱色の鳥居と小さな石祠がある。
境内の裏に自宅があるので訪ねたが留守だった。夕方六時過ぎに再訪して夕食の途中であったが御朱印に対応していただいた。
猿丸神社
石川県金沢市笠舞3丁目23−15
金沢市に鎮座する藤棚白山神社。御祭神は伊弉諾尊を主祭神とする。
社殿は南向き。一際高いクスノキ、明治19年の犀川の氾濫で社地過半を流失し、現在地に遷座した頃にはすでに自生していたという。
鳥居をくぐり、社名にもなっている藤棚をくぐって拝殿に至る。
「八房の藤」の碑は俳人麦水の観藤の句が書かれている。
拝殿に参る。拝殿右隣の社務所兼自宅で御朱印をいただく。
拝殿後ろに本殿が連なる。
藤棚白山神社
金沢市城南2丁目6-35
金沢市に鎮座する神明宮。御祭神は天照皇大神、豊受姫大神。
国道157号線に面し、社殿は東向き。
境内には樹齢1000年を越える大ケヤキが中央に空高く枝を広げている。
拝殿に参る。右隣の社務所兼自宅で御朱印をいただく。
境内社は拝殿の左に蛭児太神宮、御祭神は事代主神かな?
神明宮
石川県金沢市野町2丁目1−8
金沢市に鎮座する泉野菅原神社。六斗の広見では野町街道まつりが開催されていた。
主祭神は菅原道真公だが、県内では唯一織田信長公を祀る。というのも、泉野菅原神社は隣にあった玉泉寺の鎮守社で、玉泉寺は2代藩主前田利長の正室であった永姫の菩提寺。永姫は信長の四女とも五女とも言われる。利長の死去にともない高岡から金沢へ越してくる。江戸幕府がまだ盤石とは言えない情勢の中、信長を公に祀るのは憚れたため菅原道真公を主祭神とし、秘かに祀ったと考えられている。
本殿は平成12年に焼失、昨年再建が叶い、春に還座祭が行われて以降初めての信長公祭となる。人が集まってきている。
新築の真新しい社殿で、浦安舞の神事から祭りが始まる。
拝殿と本殿が一体となった社殿で神事が続く。
一通り神事が終わって社殿に入ることができた。神前に供えられた供物。
織田信長画像は滅多に公開されない宝物。祭りに合わせて公開された。
再建叶って氏子の方々のご苦労も報われただろう。
続けて四條流の包丁式が行われた。包丁式は包丁と箸を使って一切手を触れないように鯉や鶴をさばく儀式。
包丁式でさばかれた鯉も神前に供えられた。
泉野菅原神社
金沢市野町3丁目15-8
金沢市に鎮座する諏訪神社。御祭神は建御名方命、誉田別命。
寺町通りに面し、社殿は南向き。
鳥居をくぐると両側に狛犬。右の狛犬は逆立ち狛犬になっている。
拝殿に参る。隣の社務所兼自宅を訪ねるが留守だった。
境内社は稲荷社が一社。
諏訪神社
金沢市寺町5丁目2-41
金沢市に鎮座する闕野神社(がけのじんじゃ)。御祭神は天照皇大神、菅原大神。
寺町通りに面し、社殿は南向き。
社名は昔泉野の新村領地を開墾した闕野伊右衛門が創始した神明宮を当地に遷座したもので、その姓をもらい改称した。
拝殿の扁額は今も「神明宮」のままだ。拝殿に参る。
隣の社務所兼自宅で御朱印について尋ねるも授与されていなかった。
闕野神社
金沢市寺町1丁目6-50
金沢市に鎮座する波自加彌神社。国内唯一の香辛料の神、波自加彌神と正八幡神を祀る。
旧北国街道沿いの二日市の町並み、社名標を右に東へ向かうと本社、まっすぐ北に向かうと里宮がある。
細い路地を中へ
里宮に参る。隣の社務所兼自宅で御朱印をいただく。
その後社名標まで戻り、本社に行く。八幡山の麓、河原市用水に架かる橋を渡る。
階段を上がる。最初は東へ向かうが、折れて北に向かう。社殿は南向き。
拝殿に参る。雨の降った曇天の元では薄暗い。
波自加彌神社
石川県金沢市花園八幡町ハ165
金沢市に鎮座する田井菅原神社。御祭神は菅原道真公。
田井郷の十村役であった田邊家の邸内社として祀られたのが最初で、明治以降は田井郷の鎮守として近在の人々に崇拝されてきた。住宅地の中にあるため、社前の道路は狭く、参道も鳥居をくぐり東に進み、左にカーブするように拝殿に至る。
手水舎の後ろにご神木があり、
その根元に芭蕉の句碑がある。
風流の はじめや奥の 田植頃
大国主命を祀る境内社が一社。
拝殿は東向き。その後ろに本殿がある。
拝殿にはたくさんの奉納額が掛けられている。
御朱印を横の社務所でいただく。数年前に宮司が亡くなり、その奥さんに書いていただいたが、現宮司の息子さんは牛坂八幡宮のほうに住んでいるらしい。今後は御朱印をいただくのが難しくなりそうだ。
秋祭りが近かったのか、拝殿には獅子舞の獅子頭が祀られていた。耳が小さく、形状は波自加彌神社に見られる古い形式に似ている。
田井菅原神社
石川県金沢市天神町1丁目3-16
金沢市に鎮座する椿原天満宮。御祭神は菅原道真公。
金浦郷の総鎮守産土神であった神社は、小立野台地の麓から台地斜面を利用して建てられている。
社殿は北西向き。長い階段を上って拝殿に至る。
右の狛犬は逆立ちとまではいかないが後ろ足が浮いている。
口に何か付いていると思ったら、蝉の抜け殻が・・何もこんなところで孵化しなくてもと思うが、ツキがありそうだ。
拝殿に参る。
拝殿の後ろ石垣の上に本殿は鎮座する。当地は神社が遷座する前は一向一揆の砦、椿原山城があった。金沢城にあった尾山御坊の北東の守りの要である。
拝殿右に境内社の稲荷社。
稲荷社が下ってくると「がっぱの神様」と呼ばれる石塔が立っている。がっぱとは、方言で頭にできた湿疹のことで、がっぱの子の親がここにお参りして全治するとおはぎ餅を供えてお礼参りをしたという。
階段途中の左手に社務所兼自宅があり、そこで御朱印をいただいた。今日は宮司が留守であったので書き置きに日付を入れていただく。
椿原天満宮
石川県金沢市天神町1丁目1−13
京都市に鎮座する晴明神社。御祭神は安倍晴明御霊神。
御朱印はすべてスタンプで、晴明社は安政元年土御門晴雄卿の揮毫を版にしたもので、五芒星が押される。日付までスタンプなのは誰でも対応できるようにしているのだろうがどこか味気ない。
一の鳥居には五芒星の扁額、二の鳥居には「晴明神社」の扁額が架かる。社殿は東向き。
境内には平成7年まで使用された一条戻橋が移されている。
境内から100メートルほど離れた現在の一条戻橋。
境内の案内にも橋の案内にも安倍晴明と一条戻橋の関係が触れられていないので調べてみた。
1.安倍晴明は一条戻橋で殺害された父の保名を、呪法を駆使して蘇生させたという。
2.安倍晴明の式神である十二体の人形があまりに醜く恐ろしい顔をして、晴明の妻がおびえるので、用のない時は一条戻橋に置いた石櫃に閉じ込めておいた。高倉天皇の中宮建礼門院の出産の折、二位殿がこの橋で「橋占い」を行い、12人の童子が現れて唄いながら橋を渡り、生まれてくる子の将来を予言した。この12人の童子が晴明の式神たちだったという。
晴明井は当地に安倍晴明の邸宅があったころから常に湧き出しているという。
本殿前には安倍晴明公像、本殿に参る。
本殿前に立つクスノキの御神木、多くの人がその霊威にあやかろうと触れていた。
本殿右に末社斎稲荷社
五芒星は通称で神紋は晴明桔梗といい、境内にもたくさんの桔梗が植えられている。
晴明神社
京都市上京区晴明町806
京都市に鎮座する河合神社。御祭神は玉依姫命。賀茂御祖神社の摂社であり、延喜式の鴨川合坐小社宅神社の比定社で明神大社。
弊殿。昼を過ぎると人が多い。
本殿に参る。手鏡形の絵馬があり、女性に人気の社である。そのためか対応に忙しく、御朱印は書き置きである。
境内に鴨長明の庵が残る。長明は河合神社の祢冝の息子であったが、願いが叶わず大原に隠棲した。そのときの方丈を復元したものである。
河合神社の末社の三井社(三塚社)、御祭神は賀茂建角身命、伊賀古夜日売命、玉依媛売命。 延喜式の三井神社の論社のひとつ。
河合神社
京都府京都市左京区下鴨泉川町59
京都市に鎮座する賀茂御祖神社。御祭神は賀茂建角身命、玉依媛命。山城国一宮で延喜式内社の明神大社。
平成27年に賀茂別雷神社とともに式年遷宮を迎える。
楼門を入って参る。
摂社の出雲井於神社、御祭神は建速須佐乃男命。延喜式の論社のひとつ。
摂社の井上社(御手洗社)、御祭神は瀬織津姫命。当社も延喜式の出雲井於神社の論社のひとつ。
摂社の三井神社、御祭神は賀茂建角身命、伊賀古夜日賣命、玉依日賣命。延喜式の論社のひとつ。
末社の愛宕社、御祭神は火産靈神。延喜式の末刀神社の論社のひとつ。愛宕社は稲荷社との相殿となっている。
もう一社、片山御子神社、御祭神は玉依比売命。延喜式の比定社であるが、参拝を忘れた。
賀茂御祖神社
京都府京都市左京区下鴨泉川町59
京都市に鎮座する賀茂別雷神社。御祭神は賀茂別雷大神。山城国一宮で延喜式内社の明神大社。
平成27年に第42回式年遷宮が開催される。
建物も多い。摂末社は24社、そのうち15社が境内にある。
楼門をくぐるとその先に本殿がある。有料で特別拝観できる。
摂社の賀茂山口神社。御祭神は御歳神。延喜式の論社のひとつ。手前に仮宮がある。式年遷宮のときに神を遷座する専用領域がある境内社がいくつかあった。
摂社の須波神社。御祭神は阿須波神、波比祇神、生井神、福井神、綱長井神の坐摩神五柱。延喜式の論社のひとつ。
末社の山森神社。御祭神は素戔嗚神、奇稻田姫神、田心姫神。延喜式の鴨岡太神社、賀茂山口神社の論社のひとつ。
もう一社、土師尾神社(御祭神は建玉依比古命)、延喜式の賀茂波爾神社、小野神社の論社のひとつ。本殿近くに中門の内側に鎮座するため一般の参拝は難しい。
賀茂別雷神社
京都府京都市北区上賀茂本山339
大阪城内に鎮座する豊国神社。御祭神は豊臣秀吉公。
豊臣大坂城は徳川大坂城によって徹底的に隠されてしまい、今見る場所は徳川時代のものなのだが、東照宮ではなく豊国神社が城内にあるとは、大阪市民の秀吉人気は凄いものです。裏門の西門から入る。
本殿脇からぐるりと回り、拝殿に参る。
秀石庭という奉納された庭がある。
境内社の白玉神社、御祭神は宇迦御魂神。中之島字山崎の鼻の藩蔵屋敷に祀られていた元白玉稲荷神社。
他に七夕神社、玉繁神社の扁額が架かるが、白玉神社に合祀されたのだろうか。
境内社の若永神社、御祭神は宇迦御魂神。元淀屋辰五郎邸の鎮守社だったと伝えられる。
境内をまわっている間に正鳥居をくぐって新郎新婦の行列が来た。
拝殿正面の鳥居前には秀吉像が立っている。
東の正鳥居をくぐると茅の輪。時期ではないので年中あるようです。
豊国神社
大阪府大阪市中央区大阪城2−1
大阪市に鎮座する難波神社。御祭神は仁徳天皇、素戔嗚尊、倉稲魂尊。反正天皇が父の仁徳天皇を祀ったのが創建で、朱雀天皇の頃は難波大宮と称し摂津国総社であったという。
坐摩神社で御朱印をいただく際に近くにも神社があるので行ってみると良いでしょうと言われた。徒歩3分ほどで到着する。
社殿は南向き、東と西にも鳥居が立つ。
拝殿に参る。
社務所前にご神木が立つ。御朱印をいただく待ち時間で霊気をいただく。御朱印には神門の菖蒲がカラーで押させている。6月には菖蒲神事も催行される。
境内南東隅に末社十四柱相殿神社。火災、建替で末社の合祀社となった。
西門の左横に末社金刀比羅神社
拝殿左に摂社博労稲荷神社
文楽軒の芝居が境内で開演されていたところでもある。町人には摂社稲荷社のほうが身近だったようで、難波宮よりも稲荷社、稲荷宮と呼ばれていた。現在の文楽の起こりである「稲荷社文楽座跡」の碑が立つ。
難波神社
大阪府大阪市中央区博労町4丁目1番3
大阪市に鎮座する坐摩神社。御祭神は坐摩神五柱。延喜式の大社。
社殿は東向き。鳥居や塀、社殿もコンクリート製のものが目立つ。
拝殿に参る。
拝殿の前に神饌米が育てられている。
拝殿の右に境内社が並ぶ。手前(拝殿から遠い方)から相殿神社、天満宮、大國主神社、繊維神社、大江神社
拝殿脇から裏門へ向かう。裏門近くに宝蔵が建つ。
西の裏門
裏門を入って正面に稲荷神社。
稲荷神社左に陶器神社。
上方落語寄席発祥の地の碑。文化十年神社境内で初めて寄席が興業された。
坐摩神社
大阪府大阪市中央区久太郎町4丁目 渡辺3号
金沢市に鎮座する春日神社。御祭神は武甕槌命、經津主命、天児屋根命、比咩大神のいわゆる春日大神。
社業はケヤキ、タブノキ、クロマツなど金沢市指定保存樹林となっている。
拝殿に参る。拝殿の右にある社務所兼自宅で御朱印をいただく。
拝殿の前の狛犬は右が逆立ち狛犬になっている。
拝殿から左に朱色の鳥居が並ぶ。
鳥居の先は境内社の出世稲荷神社
春日神社
金沢市増泉2丁目1-1
金沢市に鎮座する中村神社。御祭神は武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比咩大神の春日大神。
社殿は南向き。社叢の中の参道を拝殿へと向かう。
拝殿に参る。
拝殿は金沢城二の丸御殿の能舞台の遺構で、卯辰山の招魂社社殿として放置されていた建物を移築した。
剣梅鉢紋の彫物もあり、能舞台であった頃を偲ばせる。隣の社務所兼自宅で宮司の奥さんに御朱印をいただく。
中村神社
石川県金沢市中村町16-1
金沢市に鎮座する犀川神社。御祭神は天児屋根命、比咩大神、武甕槌命、経津主命の四柱でいわゆる春日大神。
中村神社の別社として以前は「宝久寺の春日」と呼ばれ、宝久寺が別当を務めた。
犀川の右岸沿いに桜並木が続き、犀川神社の鳥居が見えてくる。
境内を避けるように道路は左右に分かれる。
社殿は東向き。拝殿に参る。
拝殿には大きな絵馬が架かっている。拝殿左の社務所兼自宅で御朱印をいただく。
拝殿右に境内社の稲荷神社が鎮座する。
犀川神社
金沢市中央通町16-1
鳥取市に鎮座する長田神社。御祭神は事代主神、猿田彦神、誉田別尊、菅原道真命。
鳥取城のあった久松山の麓に鎮座する。
鳥居をくぐると右手に社務所、右にカーブして橋を渡り西向きの社殿へ向かう。
森に囲まれた境内、池に架かる橋、少しずつ階段を上って門をくぐる、落ち着く環境です。
池には白い蓮の花が咲いている。
門をくぐる。
門のそばに樹齢三百年といわれるケヤキのご神木が立つ。
拝殿に参る。ちょうど拝殿内でお祓いされていたので静かに周辺を見学する。奉納額は奉祝能に関するものが3枚。宝生流と喜多流の二流。
拝殿後ろに本殿。本殿の玉垣に絵馬掛けがある。
本殿左に建物一棟。宝蔵か神輿蔵か
境内隅にお食い初めの固め石があった。これだけ用意しているのを見るのは初めてだ。
宮司が拝殿に上がっていたので、ゆっくりと境内を回った後で社務所で御朱印をいただいた。
長田神社
鳥取県鳥取市東町1丁目宮内谷
鳥取市に鎮座する樗谿神社(おうちだにじんじゃ)。御祭神は徳川家康公。日光東照宮の御分霊を祀ることから因幡の東照宮とも言われる。
鳥居をくぐる。
境内は樗谿公園の一部となっている。
社務所と案内される場所には鳥取県神社庁。樗谿神社の社務所を兼ねているようだが、すでに17時近かったためか休みだったのか閉まっていた。
社務所近くの御中門をくぐる。拝殿までの道のりは公園として整備されたためか石畳が葺かれている。
大きな神門が見えてきた。昔は両側に仁王像が立っていたのかもしれないが今は空っぽ。
門をくぐると両側に灯籠が立ち並び、階段の上に拝殿が見える。神威を感じる風景である。
階段を上り、拝殿に参る。
拝殿背後に唐門付きの本殿。拝殿、弊殿、唐門、本殿と並び、すべて檜皮葺の屋根で重要文化財になっている。
階段とは別ルートの参拝道に井戸がある。「探幽の井戸」と名付けられている。神社には狩野探幽の画、青蓮院門主尊純親王の歌の三十六歌仙の額と鷹の絵があり、それを伝えれるための命名とも伝えられる。
樗谿神社
鳥取県鳥取市 上町87
鳥取市に鎮座する宇倍神社。御祭神は武内宿禰命。五円紙幣にも描かれた古社は、延喜式内社で明神大社であった。
鳥取藩主池田家墓所もある稲葉山の南麓に鎮座する宇倍神社への参道は北へと続く。
鳥居をくぐると道路を横切って深い森の中に入る。
階段の手前左に池がある。亀金池と名付けられ、池に浮かぶ石には亀の銅像が乗っている。
池の横の階段を上ると、左に折れ長い階段が続く。
拝殿が見えてきた。
社殿は東向き。左に木造の社務所、右にコンクリート製の参集殿がある。御朱印は参集殿でいただく。
拝殿右に飛翔の鳥
拝殿左に福徳亀
拝殿・本殿は弊殿でつながり、ともに檜皮葺の屋根。拝殿に参る。
当地は御祭神の武内宿禰命の終焉の地であると伝えられる。
亀金岡に双履を遺して三百六十余歳で亡くなったとされ、双履石という霊石が祀られている。
拝殿左奥に國府神社、御祭神は建御雷神、日本武尊、速佐須良比咩神、武内宿禰命、伊弉諾尊、菊理姫命、土御祖神、奧津彦命、奧津姫命、宇迦之御魂命の10柱で、近在の神社の合祀社となっている。
宇倍神社
鳥取県鳥取市国府町宮下651
鳥取市に鎮座する白兎神社。因幡の白兎の神話の舞台となった地である。御祭神は白兎神を主祭神とし、保食神を合祀する。
鳥居は日本海に向かって北向きに立つ。
階段を上がると大国主神と八上姫、そして白兎の砂像。近郊の鳥取砂丘の砂像は観光資源になっている。
手水舎の前に御身洗池がある。不増不減の池とも言われ、干ばつや豪雨にも水の増減がないという。神話ではこの池で白兎が身体を洗ったという。
池の前に拝殿。社殿は西向き。拝殿に参る。
拝殿後ろに本殿。
本殿の礎石は皇室と同じ菊の紋章が彫刻してある菊座石となっていて珍しい。
拝殿左の社務所で御朱印をいただく。兎のおみくじなど、兎の授与物がたくさんある。
社前は道の駅神話の里白うさぎ
駐車場には因幡の白兎をモチーフにした石像が立つ。
道の駅前には山陰海岸ジオパークに登録された白兎海岸の砂浜が広がる。
海岸に突き出た岬が気多之前、沖に浮かぶのが淤岐ノ島、その間に波蝕棚が飛び石状に連なり、物語の世界を彷彿とさせる。
白兎神社
鳥取県鳥取市白兎603
朝来市に鎮座する粟鹿神社。但馬国一の宮で延喜式の比定社であり明神大社。御祭神は彦火々出見尊とも日子坐王とも言われる。
深い森に囲まれている。鳥居をくぐってもまだしばらく木々の間の参道を歩いて行く。
開けると2つの門が見えてくる。
手前は勅使門で、朝廷の勅使のみが通れる門。記録では過去に4回開いたことがあるという。
奧の門が随神門で、こちらから入って拝殿に向かう。
随神門には正面に随神が門番をし、裏の狛犬が中に入った者を監視しているようだ。
拝殿に参る。
拝殿からは渡り廊下でつながった本殿。
境内社も多い。随神門をくぐって左に天満宮、御祭神は菅原道真公。
拝殿の左の池の中に厳島神社、御祭神は市杵島姫命。
その右の丘を上ると稲荷神社、御祭神は保食神。
稲荷神社の下には四角の池(井戸?)の中に茗荷神社、御祭神は草野姫命。
拝殿左には床浦神社、御祭神は大己貴命。
拝殿に右に猿田彦神社、御祭神は猿田彦神。
猿田彦神社の中には白馬像が祀られている。
粟鹿神社
兵庫県朝来市山東町粟鹿2152
39歳を目前にして御朱印デビュー! 日本全国の神社の御朱印や参拝記録